第19話 異質なさいかい①

 それだけ責められても、スフレイは表情一つ崩すことはありません。


「そっちはついでに過ぎねぇよ。さらった王妃が吐くのを待っているうちに、そういえば使えるって思いついただけさ。王子の覚醒かくせいには強いショックが必要だったからな」

「じゃあ、やっぱり……王妃だったってワケね」


 そうじゃないかとは思っていたけど、と呟くムイはあることを確信していました。それをより強固なものにするために、ナドレスが掴みかかる相手を冷やかな瞳で見つめます。


「察しがいいな。俺達は始め王に近付いたが何もなかった。なら、教会から嫁いだ王妃が怪しいのは明らかだからな」

「教会と王家の婚姻こんいん?」


 ナドレスは先ほど教えられたばかりの知識から疑問を感じました。歴史的な背景から互いに交わろうとしないはずの両者が、なぜ結婚という結びつきを求めたのかと。


「表向きは和解しようなんて話だったが、単にどっちも睨み合う余裕なんかとうの昔になくなっちまっただけさ。意地も貫き通せないんじゃ、手を結ぶしかねぇだろ」

「契約の証か知らないけど、巫女を差し出してしまったわけね。よりにもよって、欲と権力の象徴とも言うべき場所へ」


 国は神の存在を認めて権威を取り戻すために。教会は後ろ盾を得て信仰を存続させるために。一つ言えるのは、教会が大きなあやまちを犯したという事実です。


 そのまま教会で受け継がれ続ければ、女神の望んだ通りの結末を迎えたかもしれないというのに。そうして「神」の魂は城へと持ち込まれたのです。


 そこへ、先の悪魔騒ぎによる地の底の気の流出です。こんなに状況が整い過ぎてしまうと、すでにどれが引き金で何が最初だったのかなど、判別しようがありません。


「他にも聞きたいことがあったんじゃねぇの?」

「あんた達の力のこと? なら、察しは付いてる。というか、もっと早く気付くべきだったのよ。白い血があれば黒い血もあるってことに」

「まぁ、白く清らかってわけにはいかないだろうな」


 黒い血。ムイがそう表現したものは、ミモル達が受け継ぐ女神の血とはまた別の系譜のことです。


「前に復活した時にあいつが残した破滅が、孵化ふかした……。細く重い流れだったのね。じゃなきゃ、神々の目から逃れられるわけがない」


 六番目の神が、女神と共に封じられる直前に力の欠片かけらを血という形で残した負の遺産。それを受け継いでいるのが彼ら、というのがムイの推測でした。


「今は無理だけど、いずれ血筋を追う必要があるわね」

「ロシュはともかく、俺は自分の生まれなんて知らねぇし、興味もないぜ」


 放っておけばどんな事態が発生するか分かりません。彼らの他にも力に目覚めて世に混乱をもたらす人間が生まれてしまうかもしれないのです。

 スフレイは、そんなことは余所でやってくれと言わんばかりに手を振りました。面倒くさげな態度に怒りを感じたナドレスが睨み付けます。


「怖くないのか?」

「何が?」

「お前達のせいで世界が滅びるかもしれないんだぞ。自分だって死ぬかもしれないのに」


 顔に楽しげな笑みを刻み、瞳に危険な光を宿してスフレイは言いました。


「ああ、やっと望みが叶うと思うとゾクゾクするねぇ」

「なっ……」

「俺はさ、ロシュに声をかけられたのが確かに参加したきっかけだったけど、目的は違ってたんだよ。俺は――世界の最後が見たいのさ」


 あまりに価値観の違う相手を前にして、ナドレスは会話することに苦痛を覚えました。天使にとって世界とは神々の創ったものであり、人々は守護すべきものだからです。

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