第17話 かなえられた願い①

「……」


 事実なのでぐうの音も出ません。それに、この手のタイプは言い訳をすると三倍になって返ってくる、という分析くらいはナドレスにも出来ました。


「ミモルのことはエルネアに任せてきた。彼女ならなんとかするでしょ」

「ちょっ、なんとかって……」


 ぎろりと睨まれて再び口を閉じます。彼女はそこでやっとスフレイへ注目したかと思えば、いきなり指をさしました。


「で、こいつ誰」

「おいおい、俺が言うのもなんだけど、礼儀もへったくれもないな。……あぁ、黄色い髪の女の子ってあんたか」


 直球すぎるムイの様子に、彼も子ども扱いはさっさとやめたようです。代わりに興味ありげな態度を見せました。


「ロシュが言ってた『要注意人物』だろ」

「……ひとを危険物みたいに言わないでくれる」


 ナドレスからしてみればどちらも危険には違いありません。思わず飛び出しそうになった失言を押さえこみ、「まぁまぁ」と両者をなだめました。


「ま、いいわ。今はそれどころじゃないし」


 ティストが連れ去られてから、かなりの時間を浪費してしまっています。もう声も届きません。意識がないのか、あるいは――。

 がたがたがたっ!


「うわっ」

「なっ、何!?」


 足元が突然揺れ、二人はバランスを崩しました。はらはらと落ちてくるのは天井のほこりでしょうか。慌てて口を抑えしゃがみこみました。

 一人、スフレイだけは強烈な揺れの中で立っています。そして大声で歓喜しました。


「ロシュの奴、やったみたいだな。待たせやがってよ!」

「なんですって!?」


 青い顔をしたムイの叫びが通路を満たします。

 やがて地震がおさまった後も、しばらくは地面が揺れの余韻よいんが残っていました。それでも二人は立ち上がり、くつくつと笑う男を睨みつけます。


「アンタに構っている暇はないの。行かせて貰うわよ」


 拳に力を込めると、けれど彼は意外にも「いいぜ」と応えました。


「俺の役目はほんの僅かの足止めだけだからな。これからもっと楽しくなる。お前らにも見せてやるよ」

「どういう意味――」


 追求する前に手を引かれ、ナドレスは振り返りました。神の使いはこれまでにないほど真剣な眼差しを向けてきます。


「問答している時間はないっ。とっとと走って!」



「やぁ、待ちかねたよ」


 出迎えたのは心から歓迎するといわんばかりに腕を広げたロシュでした。彼の背後は眩く輝き、影がくっきりと手前に伸びています。


「ほんと、よく言うわね」


 ムイは手をかざして光を遮り、男を睨みつけました。自身で空間を切り取ってまで足止めしておいたのですから、彼の態度は皮肉以外のなにものでもありません。


「ティスト様はどこだ!」

「今すぐ返して貰おうじゃないの」


 ロシュはいきり立つ二人にただ微笑みだけを返しました。煮え切らない態度になおも詰め寄ろうとすると、奥からはくすくすという笑い声が聞こえてきます。


「なんだ……?」

「まさかとは思ったけど、まずい、まず過ぎる」


 はっとしたムイがナドレスを見詰めました。焦りから頬には汗が伝います。しかし連れにはその真意が分かりません。

 何がまずいのか、と聞き返そうとする前に、「それ」は彼へ襲ってきました。


「っ!?」


 唐突に胸が熱くなります。無意識に掴むと、今度は視界が暗く狭まっていくのが分かりました。見るもの全てがみにくゆがみ、立ちくらみがして足がふらつきます。


『おいで』

「闇が、迫ってくる……」

「意識をしっかり持って!」


 ムイがぐっと手を握り締めました。外へと押し出されかけていた光が戻ってきます。ねじれて見えた床の継ぎ目も、はっきりと確認出来るようになるまでに、大した時間はかかりませんでした。

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