第15話 きえていく悲しみ①

 それまで攻撃を繰り出し続けていたミモルの体がピタリと止まりました。後ろで高みの見物を決め込んでいたクピアがうろたえる間もなく、


「くっ!」


 どがっ! 体重をかけた蹴りを思い切り仕掛けました。まともに食らった敵は倒れこみ、しかしすぐさま腹を抱えて立ち上がろうとします。


「あんた、ホントに出来たパートナーね」


 リーセンと呼ばれた黒髪の少女が、子どもとは思えない表情で笑いました。


「皮肉だったら怒るわよ」

「褒めてるって」

「……どういうこと」


 口の端を切ったのか、血がみじみ出ていました。それを手の甲で拭ってこちらをにらみつける姿は、やはり「天使」とは程遠いものです。

 二人はゆっくりと歩み寄り、クピアの前に立ちはだかりました。


「心に干渉する能力者の割に、甘いんじゃない? あたしに気が付かないなんてさ」

「罠にはめるつもりが、逆にまんまとだまされたってわけね」

「そうでもないけど? 『ミモル』はまだあんたの術に侵されたままだし」

「ミモルちゃんの同意なしで、良く出てこられたわね」


 炎はすでに跡形も無く消え去っており、くすぶった跡さえありません。エルネアは周囲を観察しながら、戦いの最中に聞こえてきた声を思い出していました。


『ミモルはこっちで引き受ける。後ろの、遠ざけてくれない?』


 リーセンの呼びかけを捉えた時は本当に驚きました。ミモルと彼女が対話する声を拾ったことはあっても、直接コンタクトを取ったことはなかったからです。


 お互いの関係は間接的なもので、この距離は縮まらないと思っていました。それが、こんなに近くまで歩み寄ってくれています。文字通り、触れられそうなほどに。


「半分は、迷ってるのよ。あとの半分は術のせいで力が不安定だから」


 リーセンは話を切り上げ、その赤い瞳でクピアを射抜きました。


「さっさと解いてくれない? この状態、結構疲れるの」


 有無を言わさぬ響きです。しかし、それくらいで引き下がる相手でもありません。


「あの子の心はこっちの手の内にあるのよ。みすみす渡すと思う? それに、解るわ」

「何が」

「あなたじゃ、力を使えないんでしょ。っ!?」


 少女の米神がぴくりと反応します。気が膨れ上がったのを感じてクピアは反射的に跳びすさりましたが、かわし切れずに爪先が頬をかすめました。

 つぅ、と血が伝います。二筋の赤い線が、戦況を綺麗に縁取っているかのようでした。リーセンは繰り出した右足を上げ、攻撃の意思を示します。


「足には自信あるの。もう一発喰らっとく?」

「冗談」


 形勢の不利を悟ったのか、クピアはそれだけ言うと、ふわりと空へ舞い上がりました。正体が何にしても、その翼が作り物でないことは確かなようです。


「待ちなさいよ。術、解いていけって言ってるでしょうがっ!」


 その想いを代弁するようにエルネアも翼をあらわにして羽ばたきます。ところが飛び上がって敵を捉えようとした瞬間、鋭く声が制しました。


「近付かないで! 近付くと、ミモルの心を壊す」

「なんですって?」

「迷って、揺れている。ちょっと刺激すれば、容易く割れて粉々になるでしょうね」


 ぎくり、と体が硬直します。僅かの距離で捕まえられるというのに、これでは手を伸ばすことが出来ません。

 証明するかのように彼女が手をかざすと、リーセンが呻き声を上げました。胸を押さえ、額に汗を浮かべ始めます。


 削られる……!


 今は眠っている「ミモル」という存在が儚く消えていきそうになるのを、リーセンは必至に引きとめ、守ろうとしました。立っていられず、膝を付き、自らの体を抱きしめます。


「やめてっ!」


 その様子を見ていたエルネアが金切り声を上げました。このままではミモルも、彼女によって具現化された自分もこの世界から消えてしまいます。

 余裕を取り戻したクピアが酷薄な笑みを浮かべました。

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