第14話 とらわれた心②

「そんなの出鱈目でたらめよ! 信じちゃいけないわ!」


 冷静に考えれば、それが事実かどうかなど分からないと気付くでしょう。でも、恐れを吹き込まれたミモルにはそれが出来ませんでした。

 友達になった少年が両親の仇の血を引く者かもしれないという事実が、彼女から思考や判断力を奪っていました。


「戻ってきて!」


 今度こそ助けようと走りこんだエルネアは、強く腕を伸ばします。――その手は強い調子で弾かれました。


「……どうしたの?」


 笑いかけているつもりでも、口の端が引き攣っていることに嫌でも思い至ります。ミモルは、はっきりと言いました。


「私は、戻らない」


 体が氷のように硬直します。あの真っ直ぐな眼差しは、そこにはありません。何も映さず、全てを吸い込む虚ろな闇があるだけです。


「ど、どうして? 早くティストを助けにいかないと大変なことになるのよ?」

「まだ分からないの? あんまり頭、良くないみたいね」


 二人を遮ったのはクピアでした。苛立たしげに舌打ちして、エルネアを指差します。


「さぁ、復讐に行きましょ。その前に邪魔者を掃除してから、ね」


 彼女に言われるがまま、ミモルの腕がすっと上げられました。


「炎よ。紅く染めよ」


 ごうっ! 声に応えて炎が庭園を舐めるように走り、互いの背丈ほどの高さに燃え上がります。

 まだ、直接鎌首をもたげては来ません。それでもノドの奥がけそうに熱く、皮膚がぴりぴりと痛みました。


「やめて!」


 エルネアは炎をまとった少女を前に、涙が滲みそうになりました。


『火や雷だってあなたを守ってくれる素晴らしい力よ。どうして使おうとしないの?』


 ミモルは力を制御しようと訓練してきましたが、炎と雷の精霊には力を借りようとしなかったのに、今は違います。

 攻撃は最大の防御でもあります。自らが危険にさらされた時、その二つは頼もしい刃となるはず。そう諭した時、少女は首を振りました。


『だって、人を傷つけそうな力だもん。私には必要ないよ』


 エルネアは子どもに刃物を持って戦えと強要していることに気付き、後悔したのです。


 あんな旅を経験したせいで、早く自分を守れるようになって欲しいと急がせてしまっていました。そのミモルが炎を操り攻撃してくる現実に、胸が締め付けられます。


 ムイは思考を巡らせました。このままでは時間を浪費するばかりで、それこそ相手の思う壺です。


「仕方ない……」


 彼女は眉間に皺を寄せて呟き、躊躇ためらっていた選択をしました。


「なっ!」


 どんっ。ナドレスが気付いた時には、もう体は後ろへと投げ出されていました。エルネアによってぽっかりと開かれた暗い穴へと、背中から落ちていきます。


 どういうつもりだと叫んでも、神の使いは手を突き出した格好のまま振り向きもしません。


「こっちは手、余ってるから」

「! ……解った」


 たったその一言で、彼は理解しました。自分を信じ、主の元へ行かせてくれたことをです。

 床は思いのほか遠く、ナドレスはその間に翼を羽ばたかせました。闇の中で一点、小さな灯りが見えます。その光に向かって、一直線に飛んでいきました。



「ムイ、絶対に当たらないで!」

「当たり前でしょっ」


 繰り出される熱の塊を、エルネア達は右へ左へ体をよじって避けました。辺りはすでに火の海です。普通の人間なら火傷は避けられなかったでしょう。

 そんな熱さに耐えながら、二人は逃げ回っていました。着実に距離は詰めています。


 戦い慣れていないミモルの力は直線的で読みやすく、二人ほどの実力の持ち主であれば避けることは難しくありません。エルネアが言いました。


「あなたはナドレスを追って」

「余裕がありそうにも見えないけど?」


 ミモルを操る敵の術は、心に揺さぶりをかけ、その隙を利用したものです。精神への干渉を抑えられた状況の中、手助けを拒む理由がムイには理解出来ませんでした。


「……可能性は?」

「低くはないと思うわ」

「あ、そ」


 返事は簡潔なものでした。彼女はひらりと後ろへ跳び、手を一振り、穴へと吸い込まれていきます。それをエルネアは目で確認し、静かに問いかけました。


「これで良かったのよね、リーセン?」

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