第12話 とどろく叫び②

「ここは……」


 ティストは冷たい感触に目を覚ましました。闇でこそないものの、とても薄暗いところです。瞳がじょじょに馴染なじむにつれ、冷たい石造りの回廊だと解ってきます。


 自分はどうしてこんな場所に居るのでしょう。気を失う前の記憶を探ろうとして、ぎくりと肩を震わせました。


「そうだ。あいつが現れて、僕を」

「物覚えがよろしくて結構」


 わっと口から溢れそうになる悲鳴を手で押しとどめます。叫んでしまえば何かが壊れる気がしました。


「ようこそいらっしゃいました。王子様」

「ロシュ……」


 まるで影が千切れて人の形を取ったかのように、その男は現れました。ただそれだけで、全身を怖気おぞけが走ります。


「その喋り方をやめてくれ。鳥肌が立つ」


 平静を装ったつもりでも、相手には震えが伝わってしまいそうです。ロシュはそんな精一杯の強がりを知ってか知らずか、にやりと笑いました。


「ハイハイ。まぁ、なんでもいい。こうしてようやく主役を招く事が出来たんだ。入念に準備をしたかいがあったというもの」

「主役? 準備?」


 カツカツと靴が鳴ります。彼は通路に等間隔に設置された燭台しょくだいへ、手前から奧へと一つひとつ火を灯していきました。


「そう。ずぅっと探していたんだよ。君をね」

「城の外へ逃げたから?」


 はははっという乾いた笑いで、ティストは見当違いの発言をしてしまったことに気付きます。声が狭い空間に響いて、頭の中にまで染み込んでしまいそうに思えました。


「城へ入り込む前から、僕が狙いだったのか?」


 この男のことを、ティストは多く知りませんでした。少しでも良い位置に収まろうと、国王に取り入る者達の一人としてしか認識していなかったのです。


 それが、いつの間にか王の、父親の絶大な信頼を得ていました。

 しかし、それはあくまで王へのびに過ぎず、息子である自分には最低限の礼儀や注意しか払っていないと、ティストは感じていました。


「そんな素振り、ちっとも見せなかったじゃないか」


 ロシュはくつくつと笑います。楽しくて仕方がないといった様子です。


「最初は国王の方だと思っていたからね。そうじゃないと知ったところで態度を変えちゃあ、あからさまだろう?」


 この男はそ知らぬふりをして、横目でずっと自分を観察し続けてきたのです。ティストの中で、恥ずかしさと怒りが湧き上がりました。


「父に、みんなに何をしたんだ! この城を、オキシアをどうしようというんだ!?」


 恐ろしい記憶がよみがえります。逃げることしか出来なかった時の無力さを、全て吐き出してしまいたい衝動に駆られました。


「国に興味なんてないさ。俺の欲しいものを得るために、君が必要なだけでね」

「だから、何をそんなに欲しがって――」


 明かりが完全に灯ると、通路の向うまでが見渡せました。少年の焦りを、ロシュの視線の先にあるものが奪います。言葉を失い、ティストはよろよろと立ち上がりました。


「な……まさか、嘘だ。そんなはずない」


 信じられない光景に、それでも足を止めることが出来ず、一歩一歩それに近寄っていきます。じゃらり、と金属音が床をいました。


「何年ぶりだい? 随分精神をすり減らしたみたいだけど、原形くらいは留めておいてあげたよ」


 どうして? どうして、こんなところに。


 疑問は脳裏を巡って、思考を停止させようとします。数歩進み、はっきりとティストは「それ」を見ました。


「ああ、あああぁ……!」


 今度こそ全てを吐き出すような絶叫が、通路の壁という壁をびりびりと叩きました。

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