第11話 とじた空間②

「神の使い? ムイと同じ?」


 ミモルは思わず見比べてしまいます。あまりにタイプの違う二人だったからです。


「あと二人いるけどね」


 つまり「使い」は四人いて、その半数がここにいることになります。ミモルは事の重大さが倍加した気がして息を呑みました。


「ムイ、こちらが……?」

「そう。ミモル」

「は、初めまして。ミモル、です」


 急に紹介されて気後れし、ミモルはしどろもどろに挨拶しました。こちらをまっすぐに見詰めてくるアルトの瞳には全てを見通す何かが感じられます。


「で、こっちがパートナーのエルネアで、そっちがついさっき召喚されたばかりの新人君」

「新人言うな」

「存じております」


 湖面のように静かな少女が言い、「それはともかく」とムイが話に区切りをつけ本題に入りました。


「こっちの仕事がヤバそうなの。手伝ってくれる?」

「何をご所望ですか」

「移動を頼みたいんだけど」


 同僚ゆえか、二人の間に遠慮はありません。アルトは礼儀正しい一方で、自らの立場をしっかりと認識して行動する人物のようでした。

 彼女はくるりと部屋を見回します。それから四隅の何もない空間をそれぞれ順に観察し、ぽつりと言いました。


「ここは……閉じられていますね」

「扉にも触れずに、解るの?」


 ミモルが不思議がって訊ねると、アルトは首を振りました。


「扉のことではございません。この部屋……空間そのものが外界から断絶されています。箱のような状態、とでも申しましょうか」

「やっぱりねー。じゃなきゃ、ぶち破れるはずだし」


 ムイは大して驚いた様子もありません。ある程度予想していたのでしょう。


「出口がない? ……それじゃあ、出られないの?」


 だとしたら、いくらティストの居場所が判明しても助けにいくことなど論外です。むしろ自分達に救援が必要なくらいです。


 あの黒服の男の口ぶりからするとやがて解放はされるでしょうが、それでは全てが手遅れになってしまいます。

 悲壮ひそう感を募らせ始めたミモルに、神の使いは強い調子で訴えました。


「だからアルトを呼んだんだってば。見たでしょ。アルトの能力があれば、こんなところなんてとっととオサラバ出来るって」

「本当?」

「ご安心下さいませ」


 微笑む白い細面は、粉雪を思わせる希薄なものでした。まるで硝子ケースに飾られた高価な人形のようです。それでも僅かな温度がミモルの心を暖めます。


「今から『扉』を作ります。お下がりくださいませ」


 そう言い、全員を離れさせました。方法を問おうとした唇は、そんなアルトの雰囲気に呑まれ、舌から離れません。

 すっと両手が上がります。羽織った布地が引かれてふわりと舞い上がり、はらんだ空気を解き放つ前に、違う力によって再び波打ちます。


 音がしないのに、する?


 それはうまく表現できない感覚でした。物音は何もしていないのに、確かに何らかの圧が耳に触れてくるのです。


 アルトが手を左右に開くとすぐに変化は起きました。白い光が生まれ、彼女よりも高く伸びていきます。上辺が弧を描く、まさに文字通り「扉」が出現しました。

 先を促すように「扉」から退き、あの微笑みを向けてきます。


「部屋の廊下へと繋いでおきました。どうぞ、お通り下さい」

「どれどれ?」

「わっ、大丈夫?」


 ムイが品定めするように言い、迷うことなく顔だけを突っ込みました。真横に移動していたミモルは思わず悲鳴を上げます。

 白い「扉」は厚さが殆どなく、横からでは一本の線にしか見えません。しかし、ムイの上半身は確かにその線ですっぱりと切り取られていました。

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