第11話 とじた空間①

 でも、放っておけません。このままでは今にもナイフを突き刺しそうです。


「じゃあ、あの人は仲間なの?」


 ロシュはしばらくして合点がいったように「あぁ」と呟きました。


「お使いもろくに出来ない人形のことなど忘れていたよ。せっかく一人になったところを狙わせたのに」

「……」


 ティストの肩が細かく上下しています。十分に空気を吸い込めず、恐怖も相まって顔色がよくありません。


「要求は何?」


 焦るミモルに代わって交渉を始めたのはムイでした。腕を組み、冷たい瞳で敵を見詰めています。


「話が早くて助かる。そうだな。じゃあ、事が済むまでここに居てもらおうか。動き回られると邪魔だから」


 一歩、ティストを抱えたまま下がった……ように見えました。


「っ、待ちなさい!」


 動け! と誰もが叫び、応えるように呪縛じゅばくが解けました。しかし、素早く手を伸ばしても、届くことはありません。

 消えてしまった虚空こくうを見詰め、口を閉じることさえ忘れていました。



「駄目だよ。びくともしない」


 ぴったりと閉じられた扉は、釘で打ち付けられているかのように動きません。入ってきた窓も同様で、ミモル達は完全にこの部屋へ閉じ込められてしまいました。


「なんなんだよ、あいつは!」


 ドン! と怒りに任せてナドレスが壁に拳を叩き付けます。ムイもいらつき、傷一つ付かない壁を見て溜め息を吐き出しました。


「ちょっと、静かにしてくれる?」


 天使の腕力は常人を軽く超えています。彼が本気で殴れば、こんな壁など容易に砕けてしまうはずなのです。それが無傷。頭も痛くなろうというものでしょう。

 ミモルは、はっとして青年を仰ぎました。


「ナドレス、ティストと話が出来ないの?」


 契約した瞬間から、天使と主には精神的な繋がりが生まれます。ティスト達も、互いの心の声を聞きとることが出来るようになっているはずです。

 しかし、彼は頭を振りました。


「さっきからずっと話しかけてるんだけど、ちっとも返事がないんだ。何処にいるかもぼんやりと感じられる程度で」

「ぼんやりでも居場所は分かるのね?」


 情けない表情を浮かべるナドレスにエルネアが詰め寄ります。彼女の瞳には強い光が宿っていました。


「しっかりして。きっとティストは気を失っているのよ。でも、まだちゃんと生きてる。あなたの存在がその証。落ち込んでいる暇なんてないわ」


 守護者の肉体をこの世に具現化させ続けているのは、庇護者ひごしゃの強い力と願いです。ナドレスには自分より背の低いエルネアが大きく感じられました。


「……あぁ」

「そっちは片付いた?」


 二人のやり取りを眺めていたムイはと他人事のように呟いてから言いました。


「……あ~も~、こっちはもの凄く嫌な予感がしてきた」

「嫌な予感って?」


 米神をぐりぐり押していた彼女の手が止まり、質問をしたミモルの方へゆっくりと振り返ります。顔にはありありと疲労が刻み込まれていました。

 ムイは薄ら笑いを浮かべて言おうとし、更に苦笑します。


「まだ確信も何もないから言うのはやめとく。それよりこの予想が事実だったらオソロシイから、こっちも奥の手を出そうじゃない」


 奥の手? と聞く前にムイは誰もいない方向へ目を向けます。


「……アルト、聞こえる? すぐ来て」

『お呼びですか』


 呼びかけに応えて現れた人影に、心臓を掴まれたような心地がしました。突如聞こえたか細い響きにではありません。その闇色に染まった髪の毛に、です。


「だ、誰……?」

「さっすが。早くて助かるゥ」


 凛とした瞳の少女でした。前髪は眉の下で綺麗に切り揃えられ、後ろは腰よりも更に長く伸びています。

 先にやり合った黒衣の女性と違うのは、薄桃色のワンピースを覆う真っ白いローブです。


「お初にお目にかかります。私、神の使いを勤めております、アルト・ラと申します。以後、お見知りおきを」


 アルトと名乗った彼女は恭しく頭を下げました。あまりの丁寧さに、こちらがたじろぐほどです。つやつやとした黒髪が滑らかに流れました。

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