第10話 くろい男②
濃い茶の髪にレンズまでが黒い眼鏡。ロングコートを身に付けた、しかしやけに身軽そうに見える男でした。
「これはこれは王子殿下。五体満足でお帰り頂けて嬉しい限りです」
いつの間にミモル達の懐へ忍び込んだのでしょうか。少年の首筋にはギラギラと光るナイフの切っ先が押し当てられていました。
飛び出したい気持ちが溢れんばかりに膨れ上がりましたが、それは不可能でした。
う、動けない……!
男の声による暗示なのか、それとも別の力によるものか。先ほどから口以外はひたり、とも動けません。ミモルは寒気と同時に汗ばむ感触を覚えていました。
『だめ。私達全員、拘束されているわ』
『何に?』
エルネアの呼びかけに問い返します。縄で縛られているのでも、ティストのように凶器で脅されているわけでもないのに?
『この男の力じゃないかもしれない。だとしたら仲間がいるわ。気をつけて』
彼女自身、注意を呼びかけつつも非常に焦っているに違いありません。指一本動かせないこの状況下では、気をつけることすら
ティストは
「ろ、ロシュ……」
どうやらそれは男の名前で、二人は知り合いのようでした。それも、あまり良い間柄とは言えない雰囲気です。ロシュと呼ばれた男は口元だけで薄く笑いました。
「おや、あまり動かれないほうが身のためですよ。なんの
ことさら楽しげな物言いに、ミモルはびくりと体を震わせました。王宮暮らしのせいでぐっと白い色をした肌が、赤々と血に染まるのを想像してしまいます。
「ティスト様を放せ!」
「お前は、王の」
「えぇ、陛下には随分と
どうやら彼が今回の騒動の原因のようです。突然現れた男が自白したことで呆気にとられましたが、ミモルは奇妙な違和感も覚えていました。
この部屋に気配も感じさせずに侵入し、やすやすとティストを手中におさめるほどの腕の持ち主が、自らの罪を簡単に
「どうして白状しちゃうの? あなたはこの国が欲しくて、こんな騒ぎを起こしたんじゃないの?」
とにかく今は意識と刃先を
「だったら、ティストを傷付けたら目的は達成できなくなっちゃうよ。そうでしょ」
細かい事情は分かりません。国王に取り入り、
ただ、だとしたらここで王子を消してしまうのは悪手でしょう。甘い汁をすするどころか、不利になるばかりに思えます。
しかし、説得するミモル自身が「違う」と感じていました。この男は最初から国になど興味はないのだと、研ぎ澄まされた直感が訴えています。
「自分が信じていないことを、他人に聞かせてどうする?」
「っ!」
いえ、言われてはいません。彼の唇は動いていないのです。未だ外していないサングラスの奥から、刺すような何かを感じた気がしただけです。
言葉に思えるほどの視線など初めてで、恐ろしく感じました。
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