第9話 王のしろへと②

「ムイ、もしかしたら私達の追っていることと、この国の騒ぎには関係があるかもしれないわ」


 エルネアが言い、ムイが頷きます。


「丁度そう思っていたところ。この二人も巻き込まれ組決定みたいだし、手っ取り早く話してしまった方がスッキリしそうだわ」


 事情説明は落ち着いてからと一端保留し、当初の目的どおり城へ向かったミモル達は、ティストの案内で裏側へと回りました。

 上空から植え込まれた木々の茂みを越え、二階から突き出たベランダのうちの一つに静かに降り立ちます。


 外壁は首を痛めそうな高さにそびえ立ち、等間隔とうかんかくに見張りが配置されていました。これほど大きな建物を見たことがなかったミモルは不思議に思います。


「どうして門でないところにも兵士がいるの?」

「ロープとかを使って忍び込もうとする人間がいるからだよ」

「それって、やっぱり悪いことをするために……だよね」


 絶え間なく歩き回っているのは、ティストの捜索にかり出された捜索隊でしょうか。

 ミモルは圧迫感を覚えてふぅと息を吐きました。風を解き放つと、かかっていた負荷がなくなったおかげで体が軽くなります。


 森での生活は閉鎖的ではありましたが、他者の悪意からも遠ざかっていました。街に出てみると、身に付けた力のせいで人の心の動きに影響されそうになります。


「ミモルちゃん、大丈夫?」

「うん。そういえば、さっきの人……」


 ――気配が全く気取けどれなかった。


 そう言いかけて、恐怖がき上がりました。あのタイミングでナドレスを召喚していなければ、文字通り消されていたかも知れないのです。


「幸運、だったんだよね」

「顔色が悪いよ。さ、中に入って」


 ベランダの窓を開き、ティストは彼らを室内に招き入れました。

 柔らかい絨毯じゅうたん天蓋てんがいのあるベッド、高級そうな装飾のソファ、テーブルに椅子いす、金で縁取りがされた本が並ぶ書棚……。


 それだけの物が置かれているのにゆったりと感じるほど、部屋は広いものでした。


「安心して、僕の部屋だから」

「ティストって本当に王子様なんだね。こんなに広くて素敵な部屋は初めて見たよ」

「お世辞でも嬉しいよ」


 田舎育ちの少女が興奮気味に言うと、彼は苦笑しました。


「お世辞なんかじゃないよ。私の部屋の何倍もあるし、家具も高そうで立派だし」


 置かれているものはきっと、どれも目の眩むような値段のものばかりです。


「ミモルはどんな家に住んでいるの? ここは確かに広いかもしれないけど、僕一人で過ごすには、ちょっとね」


 そうかもしれない、とミモルは思いました。心から信用出来る者のない、ただただ広いだけの空間は物寂しく息苦しいのでしょう。


「うちはここより狭いけど、エルと二人でいると暖かい感じがするかな」


 いつか増築するつもりなんだ、と口の中だけで続けます。本当はもう一つ多く部屋を設けるはずだったけれど、敢えて作りませんでした。


 通り過ぎるたびに寂しさがつのりそうだったからです。いつ帰ってくるかも分からない姉のささやかな荷物は、全てミモルの部屋の隅にまとめて置かれてありました。


 そんな胸中など知る由もないティストは、無邪気に「へぇ、羨ましいな」と笑ったのでした。

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