第8話 さいかいと合流②

 尊敬の眼差しを向けられ、ミモルはどきまぎしながら赤くなった顔の前で手を振ってみせます。


「そ、そんなことないよ。ティストにも出来るようになるよ」

「本当?」

「精霊と契約すれば良いんだよ」


 にっこりと微笑み、エルネアの手を取ります。同じようにティストも恐る恐るナドレスに身を預けました。

 天使達が羽を一扇ひとあおぎすると、今まで自分を支配していた重力が消えてしまったみたいに足が地面から離れ、瞬く間に上空高く舞い上がりました。


 建物の影から解放され、人々の目鼻がぼんやりとしか判別出来なくなり――やがて、太陽に照らされて輝く王城がその輪郭りんかくを現します。


「うわぁ、街の三分の一くらいありそうだね。こんなに大きかったんだ……!」


 ミモルが声を上げました。巨大だとは思っていましたが、上から見るまではこれほどのものとは思っていませんでした。

 ティストも、自分の住む城を空から観察するのは初めてに違いありません。


「それだけ、この国の力が大きいという証拠でしょうね」


 エルネアの分析に、彼はぽつりと呟きます。


「国力が大きいということは、即ち、他に脅かされない、平和だということ。……教育係がそう言っていたっけ」


 そしていずれは自らが受け継がなければならないもの。その重みを感じてか、少年は唇を固く引き結びました。


「あれ、ちょっと待って。何か動いて……。あっ!」


 ミモルの声で、全員が空の真っ只中に制止します。

 雑踏の中、ほんの僅かに人の波が穏やかな辺りで小さく手を振っていたのは、王都に入ってすぐにはぐれてしまったムイでした。


 この先で合流しようと身振りで合図すると、彼女もすぐに走り出します。やや北上し、人気のない場所に一端降り立ちます。目立つオレンジ頭はすでに待っていました。


「もう、何処に行っていたの? こちらは大変だったのよ」


 み付くエルネアに、軽く笑っていた彼女もさすがに後ろめたいのか、目を泳がせます。


「いや、どうせそのうち会えるだろうと思って、その前に情報収集を」

「出店で?」

「ああいうところの方が、噂が集まってくるんだって」


 少女の体からはつい先ほど食べたものの匂いが漂い、ミモルは思わず唾を飲み込みました。


「……ずるいよ。私もお腹すいてるのに自分ばっかり食べて」


 急ぎの旅ゆえに休息や補給は十分とはいえない道行きでした。空腹を思い出し、腹部を押さえて不満を訴えます。今にも鳴りそうです。


「ねぇ、ミモル。この人がさっき言っていた仲間?」


 ティストにたずねられ、そういえば紹介もまだだったと気がつきました。ミモルは慌てて彼らを引き合わせ、説明を加えました。


「え~と。ムイ、こっちはティスト。なんと、この国の王子様なんだって、凄いでしょ」


 努めて明るく言うと、ムイはあごをさすりながら「あぁ、あなたが噂の」と呟きました。外見上の年齢よりもずっと老成した瞳で彼を眺めます。


「噂?」

「城を飛び出して大騒ぎになってるって」


 少年はうっ、と言葉に詰まりました。事情があったとはいえ、仮にも王位継承者が城を無断で出れば騒ぎにもなるでしょう。

 本人もまさかこんなに早く広まっているとは知らず絶句してしまいました。


「だ、大丈夫だよ。戻って訳を話せば」

「おい、ティスト様にそんな口を叩くのはやめろ」


 二人に割って入ったのはナドレスでした。主人を品定めするような目で見られるのが腹に据えかねたのか、きつく睨みつけています。


「ふぅん、王子は素養の保持者だったのね」

「なに?」


 射抜くような視線を放っていた彼も虚を突かれて、改めて相手を見ました。

 そもそもムイは空を飛ぶミモル達に手を振っていました。普通なら風の結界で目視出来ないはずの彼女達に、です。只者のはずがありません。


「何者だ?」

「『何者』とは酷い挨拶ね。何も感じないなんて、色々と足りないんじゃない」


 なんだと! と激昂げっこうしそうになるナドレスをエルネアがやんわりと抑え、ムイにも「いい加減にして」とたしなめます。しかし、彼女は追及の手を緩めませんでした。

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