第6話 夢からのこえ①

「そちらこそ、天使のクセに私の魂を狩る気?」


 かつて戦った悪魔も、似たような台詞を言っていたのをミモルは思い出します。天使とは人々が想像する慈悲深いだけの存在ではないのです。

 きっと、闘気を発する今のエルネアに真正面から見つめられた者は戦慄せんりつを覚えるのでしょう。


「退かないというのなら、その魂を肉体から解放して神々に献上することになるわ」

『私が相手を引き受けるから、ティストを連れて逃げて』


 肉声と心の声とが同時に聞こえ、ミモルははっとしました。背中を見詰めかけ、視線を敵に戻します。

 彼女に振り返る素振りはなく、こちらの会話を悟られないようにしているのだと分かります。でも、外に出たら追いかけてくるに決まっています。


 ここがいくら静かだといっても、先ほどの破裂音に気付いた誰かがいぶかしがって寄ってくるはずで、関係のない人まで巻き込んでしまいます。


『絶対にあいつを外へ出さない。時間を稼ぐから』

『ムイを呼んで来るの?』


 ムイの力は未知数ですが、仮にも「神の使い」を名乗る存在です。助けになってくれるでしょう。


 けれどもエルネアは、違う、と言いました。そして続けた指示に、ミモルは再び目を見開きました。そんな。思わず声を上げそうになり、自分の手で押さえ込みます。


『さぁ、行くわよ』


 エルネアは地面に散らばった硝子片を一つ拾い、さっと相手に投げつけました。光が弧を描き、素早く飛びます。


「なんのつもりかは知らないが……」


 パァン! 敵の手に触れる前に、何かにぶつかったかのように弾けて粉々に砕け散りました。小さな欠片は砂粒にまで拡散し、一瞬、相手の目をくらまします。


「今よ、走って!」


 背中を強く押し出され、ミモルはティストの手を取って走り出しました。二人の心の中でのやりとりを知らない彼は、急に引っ張られて短く「わっ」と叫びます。


「付いてきて!」


 相手の能力が分からない以上、こちらが圧倒的に不利です。ここはエルネアの言うとおり、逃げて機会をうかがのが得策と思われました。

 敵の視界をすり抜け、二人は真っ直ぐ出口を目指します。扉をくぐる瞬間、パートナーの声が胸に響きました。


『振り返らないで走って! ティストのこと、お願いね』

「待て!」


 制止の声と共にひゅっ、と何かが風を切りました。

 それはエルネアが幾重いくえにも構えた硝子片が敵に向かって飛んでいく音でしたが、ミモルがそれを知ることはありませんでした。


 敵の視界から抜け、二人はなんとか外へ出ます。教会の建物の周りに植えられた草花の茂みに分け入り、姿勢を低くして乱れた呼吸を整えます。


「こんな近くじゃ逃げても意味ないよ。もっと遠くへ行かなくちゃ。仲間を探すんでしょ?」


 ティストはこの行動に疑問を隠しません。確かに、逃げるならこの距離では無意味です。少々身を隠したところで見付かるのは時間の問題です。


「逃げるのはやめ。エルを助けなくちゃ」

「え……、どうやって?」


 しかし、そこで少女は逡巡を見せました。光を宿した瞳が伏せられます。それは彼の目に、告げるべきか否かをひどく迷っているように見えました。


「作戦がありそうだね」


 ティストが先を促します。ほんのわずかに言葉を交わしただけの間柄だったけれど、互いに信頼を覚えていました。

 その彼女が渋るのだから、よほどのことなのだろうと察します。ミモルは視線を受け、迷いを振り切って話し出しました。


「私、これからティストにひどいことを言う」

「ひどいこと?」

『あたしから教えようか』


 リーセンの申し出にミモルは首を振ります。本当は言いたくありません。でも、彼を助けると言ったのは自分です。

 そして、エルネアを助けたい気持ちも、確かに自分のものです。ティストの肩に触れました。服越しでも、しっかりとした骨格を感じました。


「聞いたら、もう戻れない。辛い出来事が待ってる。それでも、私はティストをこちらの世界に引き込もうとしてる」

「……いいよ」


 ミモルは今度こそ真っ直ぐに彼の顔を見ました。「何の話?」と問い詰められると思ったのに、ティストは優しく微笑むことで許しを表します。


「僕のこと、助けるためでしょ」

「うん」

「じゃあ、僕と友達になってくれる?」

「もう友達だよ」

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