第5話 くろい刺客②

 ミモルが手をかざし、痛みと苦痛を和らげようと意識を集中しました。まだいやしの力については未熟ですが、何もしないよりはずっとマシなはずです。


 お願い。


 指先がかすかに震えました。もしかしたら全員酷い怪我を負っていたかもしれません。


『しっかりしなさい。手伝うから。さぁ』


 近く耳にしなかったもう一人の自分――リーセンが、すぐ傍で導いてくれようとしています。矛先の決まらない指に優しく手が重ねられる感覚が生まれました。


「見付けた……女神の末裔まつえい。我が主の名の元に消えてもらう」


 けれども、これからという瞬間に割り込んできたのは、硝子片を踏み割る靴音と女性の声です。


 黒い女性でした。全身を覆う黒いドレスに漆黒の髪。真昼に闇が生まれたかのようで、胸がざわつきます。彼女が誰だかも、何故攻撃を仕掛けてくるのかも解りません。

 ただ、瞬時に本能で感じました――敵だと。


「ミモルちゃん」

「分かってる。ティストは逃げて」


 こうなっては治療どころではありません。気持ちを切り替え、状況が全く飲み込めていない彼に努めて優しい口調で諭しました。


「狙いは私達だから。逃げれば追ってこないはずだよ」

「で、でも」


 エルネアも二人を守りながら戦うのは荷が重いはずです。ミモルは視線を彷徨さまよわせるティストの腕を掴み、耳元にしっかりと告げました。


「なら、助けを呼んできて。仲間を、オレンジ色の髪と、赤い髪留めの女の子を探して。近くにいるはずだから」

「わ、わかった」


 自分が足手まといである自覚はあるのでしょう。出来る事があるならと承知しました。

 まずはティストを逃がさないと。


「ねぇ、どうして私を狙うの? あなたも悪魔なの……?」

「お前は後だ」

「えっ」


 どういうことでしょう。黒い女性の言う「女神の末裔」とは、自分のような人間のことのはずです。なのに何故、彼女が伸ばした手の先にティストが居るのでしょうか。


「ぼ、僕をどうするの……?」

「まさか……、だとしたら」


 エルネアがはっとして少年を見詰めました。


「ティスト。今までに同じ夢を何度も見たり、おかしな声を聞いたりしたことはない?」

「夢?」

「エル、急にどうしたの? 今はそれどころじゃ……」


 そこまで言って、言葉尻が消えました。パートナーの懸念けねんに気付き、目を見開きます。

 戸惑うティストは、しかし突然質問されたことに対して動揺しているのではなく、もっと別のことで驚きを隠せずにいたのでした。


「夢、見るよ。毎晩、誰かが僕を呼ぶ夢を……。どうして知ってるの?」

「まさか」

「可能性はかなり高いわ」


 ティストに、二人ともすぐに返事をすることは出来ませんでした。怪しげな女性に狙われ、「女神の末裔」と呼ばれた彼。エルネアが導き出した結論は一つです。

 ミモルはどうしていいか分からず、パートナーの判断を待っています。


「ねぇ、二人とも一体どうしたの? あの人、僕を狙ってきたの……?」

「エル、どうしよう」


 黒衣の女性はゆっくりと、だが確実にティストだけを標的に迫ってきています。エルネアは子ども達を後ろに下がらせ、臨戦態勢を取りました。

 全身にぴりぴりとした緊張感をみなぎらせる彼女に少年はどきりとし、「二人は逃げないの?」と問いかけます。


「中を確認もしないで教会のガラスを全部割るなんて、尋常じゃないわ。関係ない人を巻き込んでも構わないということよ」

「それって、じゃあ外へ出たら」


 被害は大きくなるばかりだと、その背中は無言で語っていました。


「そいつを差し出せ。大人しく従えば、お前達は見逃してやっても良い」

「今は、でしょう? そんな相手と交渉するほど馬鹿じゃないつもりよ」


 耳障りの悪い声に背筋がぞくぞくします。エルネアは相手を鋭く睨みつけました。女性は薄くわらい、初めて黒衣の彼女の感情らしきものを見た気がしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る