第4話 助けを求めるもの②

「ねぇ、ティストはどこから逃げてきたの?」


 彼は目を伏せてやや逡巡して、他に誰もいないことを確かめてからはっきりとした口調で告白しました。


「お城から。僕はこの国の王子なんだ」

「お、王子様!? ご、ごめんなさい。あの、お許し下さい」


 森育ちの自分には一生縁がないと信じ込んでいた相手が突然現れ、ミモルは慌てて頭を下げます。貴族だって、礼を欠けば罰を受けると彼女でも知っていました。


 顔から血の気が引いていくのを感じます。二人並んではりつけにされる様を思い描いてしまい、屈めた背中から汗が噴き出ました。


「王子様。知らなかったこととは言え、失礼致しました」


 エルネアもかしこまった口調で話しています。ただし、こちらは軽く一礼をしただけでした。


ひざまづかぬ無礼をお許し下さい。膝を付き、こうべを垂れるお方は、この世でただお一人と決めておりますので」


 少女はどきりとしながら話を聞いていました。自分のことをそんな風に言われると焦ってしまいます。エルネアは家族です。跪かれたいと思ったことなど一度もありません。

 慌てたのはティストの方でした。両手を振っています。


「お願いだから、やめて。二人は何も失礼なことなんてしていないし、かしこまる必要もないよ。僕は確かに王子だけど、今はただのティストとしてここに居るんだから」


 そう言われ、ようやく二人とも緊張を解きました。


「じゃあ、話を聞いてくれる?」

「もちろん」


 誰かに相談したくてたまらなかったのでしょう。一度開いた口からは、とめどなく言葉が溢れてきました。


「変だと感じたのは半年ほど前なんだ。どこか、周りの人間の雰囲気が違うような……。最初は気のせいだと思った。僕ももう十一歳だし、子ども扱いされなくなっただけだと」


 ミモルはびっくりして彼を良く観察しました。ミモルには垢抜けた王宮育ちの彼がとても大人びて見えたのです。


「私も十一だけど、まだまだ子どもだよ。エルがいてくれないと何も出来ないし」

「この国では十五が成人だから。そうしたら僕は王位を継いで国王になる」


 少女は腕を組み、必死に四年後の自分を想像してみました。今より背が伸び、世の中を知って、多少はエルネアの手助けが出来るようになっているかもしれない未来を。


「う~ん、あと四年じゃあ、一人前になんて絶対なれっこないよ」

「あら、そんなことはないわ。ミモルちゃんなら立派な大人になれるわよ」

「もう、また持ち上げて。自分のことくらい、ちゃんと分かってるよ」


 膨れてみせて、すぐに笑いました。彼女と軽口を叩ける瞬間は、距離が縮まった気がして嬉しいものです。


「いいな。僕の周りには、そうやって一緒に笑ってくれる人がいないから」

「え……王子様だったら、召使いや臣下がいっぱい居るんじゃないの?」

「みんな、僕を王子としてしか見てくれないからね」


 少年の瞳からは淋しげな色が拭えません。苦笑していた口元が引きつっています。


「お城の中には相談出来る相手がいなくて、飛び出してきたんだ。でも、街に出て気が付いた。どこにも行くところなんてないことに」


 気が付くと、自然と足が教会に向いていたのだと言います。


「あとは神様に助けて貰うしかなかったんだ」

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