第3話 神々のいつわ②

 ミモルは瞳を輝かせ、村では見た事もない衣服や装飾品を眺めて歩いています。こちらの会話は耳に入らなかったらしく、エルネアはほっと安堵の息をつきました。


「ミモルちゃん、あんまり先に行ってしまわないで! それで、あの方はこちらの方角だと仰ったのね?」


 天使は確かめるように呟きます。


「そ。だいたいの位置しか分からないらしくってさ。あんた達が住んでいる森から南に位置する都市だろうってことしか、教えて下さらなかった」

「でも、この先って大きな街ばっかりだよ?」


 慌てて戻ってきたミモルが眉をひそめます。この王都を始め、付近には都市が固まって存在していました。


「だから、頼みの綱はミモルなんだって。ほら、何か感じない?」


 ミモルは細く伸びきらない腕を組み、う~んと首を捻ります。


「ねぇ、本当にミモルちゃんに女神様の声を聞く力があるのかしら」

「それは間違いない。現に一度聞いているはずなんだ」


 二人は思い思いの瞳でミモルを見つめました。女神の声を聞き、存在を感知する力。それこそが、彼女が女神探索の人員として選ばれた理由だったのです。


 以前の旅でミモル達は、ニズムとマカラの接触に巻き込まれる形で「地の底」へ飛ばされました。ミモルが思い当たるのは、そこから弾き出された瞬間に耳を掠めた声です。


『やっと、一つ』


 柔らかくささやく声。慈愛に満ち、心から嬉しさを溢れさせた響き。


「あれが、女神様の声だったなんて……。気のせいじゃなかったんだ」


 でもなぁと腕を組みます。本当にあれ一度きりで、それ以来、何を聞いた事も感じた事もないのです。


「たまたま聞こえただけなんじゃないのかな……」

「その『たまたま』だって初めてなんだから。私達はミモルに賭けるしかないの!」


 いっそ、ミモル自身が女神の魂の保有者なら、問題はすぐに解決するのにとムイは歯噛はがみします。神の使いである彼女の見立てでは違うようです。


「一刻も早く、目覚めて頂かなければ」


 ムイは一瞬張り詰めた表情を見せましたが、何かに気が付いて足を止めました。頭の後ろで腕を組み、軽口を叩きます。


「あれが王宮か。人間って、大きな建物が好きよねー」


 ミモル達も、大人びた言動が彼女の一面に過ぎないと知り始めていました。その視線にならい、街の奧にそびえる大きな影に目を凝らします。


「あれが、王様が住んでるお城なんだ……」


 豊かな山を背にした強固な壁。それがミモルの抱いた印象でした。

 正門には太い橋がかかり、いかつい兵士の検問けんもんを抜けた商人や貴人達が、中へと吸い込まれていきます。


「城は国家の象徴だもの。城の大きさは国の強さと権威を表し、他国を牽制けんせいする意味もある。このオキシアも例外じゃないわ」


 オキシア。小難しい話の中に少女は自国の名前を耳にし、改めて自分が住む森が一つの国の領土に過ぎないことを感じました。

 先の旅で精霊との契約で回った場所でさえ、オキシア王国からは一歩も出ていないのです。


「世界は広いんだね。あの雪山を越えた先に、国境があったんでしょ?」


 話しているのは、雷の精霊との契約のために登った山のことです。街道を回れば検問所があり、隣の国へと入れるはずでした。


「行ってみたかった?」

「ううん。いつか行ってみたい気もするけど、あの時はやっぱり帰りたかったから」


 ミモルは首を振り、天使に笑いかけます。そんなふうに喋りながら歩いていると、人々の流れが一方的になってきたことに気付きました。

 皆、奧へ奧へと進んでいます。地面を細かな振動が伝わり、ざわめきも膨らんでいきます。


「何かあったのかな?」

「じゃ、ちょっくら見てくるわ」


 待ってという間もなく、ムイは人混みへ駆けていきました。これだけの混雑にも関わらず、器用に隙間を抜けて視界から消えてしまいます。


「私も行くよ!」

「離れちゃ駄目よ」


 エルネアが手を取ろうとする前に、ミモルも走り出してしまい、指先は届きませんでした。

 今の彼女は自分を守る力を持っています。それでも心配は尽きません。直ぐさまエルネアも地面を蹴りました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る