第3話 神々のいつわ①
「二柱は共にある一人の人間に封印され、世界に平和が戻った」
「人間に? そんなの、平和じゃないよ」
ムイは冷めた瞳で「仕方がなかったの」と言いました。
「その時代の人々は神々を強く信仰していた。正も負も併せ持つ存在として『器』には好都合だった。神々が望むと、人々は一人の人間を差し出した……」
ムイは溜め息を付き、砂糖もミルクも入っていない紅茶を一口飲みました。空気を引き締めて話を続けようとします。そこでエルネアが、ふと疑問を零しました。
「器になった人間は、やがて死ぬわよね」
人の命は短いものです。そんな不安定さこそが器の条件とも言えるのでしょうが、遠くない年月のうちに寿命は尽きてしまいます。
「宿った魂は子孫へと受け継がれる。ただ、その度に封印は少しずつ弱まっていくけどね」
「……復活したの?」
「過去に一度。意識を取り戻すまでに至った
記録を掘り起こすように喋っていた彼女の、固かった口調が現実味を帯び始めました。この辺りからは、彼女自身の記憶を元に語られているのでしょう。
けれども、「神が暴れる」などと言われても、こちらにはピンと来ません。ミモルはうまく想像出来ませんでした。
「その時も、同じ人間に封じられていたサレアルナ様が再度封印をなさったことで騒ぎは収まった」
ただ、一つだけ前と違うことがある。ムイはそう言って一呼吸置きます。
「神々は、二度も世界を
「じゃあ、どうして?」
「サレアルナ様が、お許しにならなかったから」
『いつか、人の中で生き続けるうちに邪な神の心が洗われるでしょう』
「悲しい話だね」
ミモルは視線をカップへと落としました。話に聞き入っている間に湯気は立たなくなってしまっています。残った熱を惜しむように、そっと両手で包みました。
「女神様は『その時』を待っているんでしょ? 探さないほうが、良いんじゃないのかな」
狂った友の心が治まり、かつての関係に戻れる日を待ち続ける女神。それをわざわ探し出すのは、ミモルには余計なことのような気がしたのです。
「ここ数ヶ月で事情が大きく変わってね。
「うわぁ、大きな街~!」
三人は数日もしないうちに、森の南にある大都市――王都に入りました。
空を突くような建物が並ぶ街です。がっしりとした石造りで、民家でさえ立派に見えてこちらを圧倒します。
「王都なんだから当たり前でしょ」
キョロキョロと辺りを見回して感嘆の声ばかり上げている少女に、外見だけなら同じくらいの年の少女が言いました。
「だって、初めて来たんだもん」
「前を見て歩かないと危ないわ」
「過保護だなぁ」
ムイが口の端を上げると、保護者はむっとした表情を作りました。
「私以外に、誰がミモルちゃんに身を守る術を教えてあげられるのよ」
皮肉を浴びせた本人は言葉に詰まりました。深く考えもしませんでしたが、まだ年端もいかないミモルには、生きていく
「ご両親は行方知れず。代わりに育ててくれた聖女も先の戦いで亡くなってしまっているのよ」
それも目の前で、彼女を守るために。表には出さなくとも、あの出来事がミモルに刻んだ心の傷が、もう
「あんな風に笑ってくれるようになったのも、ここ最近のことなのに」
「……わかった。もう言わない」
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