第1話 穏やかなはじまり②

 かつての惨劇さんげきから数か月が過ぎ、二人はエルネアが建てたこの家に住み始めました。今は周りの村々に服を作って売り、その稼ぎで生活しています。


 村というものは他者を受け入れ辛いものですが、森の聖女ルアナの娘であるミモルが「親戚」を連れて戻ったと聞くと、すんなり受け入れてくれました。

 その「親戚」が、誰もが認める美女とくれば尚更です。


 試しにエルネアが作った衣服を見せると、品物の素晴らしさもあって途端に評判になりました。値段も驚くほど安いので、注文が殺到さっとうしています。


「それより、本当に大丈夫なんだよね?」

「まだ心配なの? 大丈夫よ」


 ミモルは何度目かの確認をしました。彼女が心配しているのは、値段の安さの理由です。

 先ほど少年に渡した服も、数枚ぽっちのコインで手に入る代物では――厳密に言えば、誰もが触れられるようなものでさえありませんでした。


「そんなに気になるなら、確かめてみる?」


 エルネアは掌を差し出し、意識を集中します。すると、何もなかった空間に光が灯り、やがて一つの形を作りました。

 そこには一枚の真っ白な羽根が浮かんでいます。それだけではなく、彼女自身の背中に、神々しいばかりの翼が生えていました。


 閉じていたそれを、廊下の壁に当たらないようにゆっくりと開いていきます。ミモルは何度も見たはずの光景を、瞬きもせずに眺めていました。


「ほら、どこも元のままでしょう?」


 エルネアはくるりと体を回転させ、少女に翼全体が見えるようにして言います。

 エルネアが掌の上へ浮かべた羽根にふうっと息を吹きかけると、再びそれは光を放ち始め、四方に広がっていきました。


 その輝きが収まると、羽根はすべすべとした手触りの大きな布へと変貌へんぼうげています。

 光を残したような黄色いその布をくるくると引いて巻物状にします。渡されたミモルが目を見張るほどの軽さでした。


「これは、私の力の一部が形を取ったものなの。そして、この私はミモルちゃんによって存在し続けているわ」

「うん」

「だから、あなたが元気な間は大丈夫」


 何も心配いらないのよ、と彼女は安心を誘う微笑みを浮かべます。


「じゃあ、私の仕事はよく食べて、よく眠って、元気でいること?」

「えぇ。そして、幸せでいることね」

「なら大丈夫。エルが居てくれれば幸せだから」


 ミモルは心からの気持ちを語りました。誰かが傍で支えてくれる幸福を、以前の旅で嫌というほど学んだからです。


 養母を失い、故郷を離れなければならなくなった旅に、もし彼女が居なかったらと思うと今でもぞっとします。こうして生きていることすら、きっと難しかったでしょう。


「エルは私と、ダリアの命の恩人だよ。ありがとう」


 何度感謝を述べたか知れません。いくら言っても足りない気がするのです。その都度、エルネアは首を振ってこう応えました。


「そんなことないわ。ミモルちゃんが頑張ったからよ」

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