閑話2 かがやき

 いつも気を張り詰めているのも体に悪いと、気分転換に小物屋を覗いてみようと言い出したのは、現在の保護者であるエルネアです。

 旅の途中で立ち寄った村はさびれを免れているところで、物流も滞りがないようでした。


「いらっしゃいませ」


 こぢんまりとした店に明るい女性の声が響きます。中にはいくつかの棚があり、若者向けの装飾品からちょっとした置物までが所狭しと並んでいます。


「何を見る?」

「う~ん、悩んじゃうね。あ、きれい」


 華やかな赤に深い青、目を吸い寄せる紫……、きらきらと光る宝石達はどれも、ミモルが触れたことのない輝きを放っていました。


「どうぞ、お手に取ってご覧下さい」


 店員が笑顔で話しかけてきましたが、当然のごとく視線はエルネアに向けられています。その目には貴重な石がかすむほどの美しさを持った彼女への羨望せんぼうが含まれていました。


 そうだよね……。


 ミモルは分かってはいたものの、自分が子どもで、容姿ではパートナーに遠く及ばないことをまざまざと突き付けられた気がしました。

 更に話しかけてくるのを無視して、品定めに入ることにします。


 仕方ないよ。エルは綺麗だもん。


『ミモル、こっちの青いのなんてどう?』


 エルネアに存在を知られて以来、割とどこででも話しかけてくるようになったリーセンが、ミモルと同じ瞳で閃きを眺めて言いました。


『うん。赤いのも良いよね』


 好みの違いもあって面白く感じます。正反対でも、お互いの趣味を理解しているから不思議と喧嘩にはなりません。


「お客様でしたら、こちらなどいかがでしょう?」


 しかし、やはり店員の声が耳に入ってきます。勧められたのは少々値段の張るものばかりの棚でした。

 一つ一つが自ら光を放っているみたいで、棚そのものが輝いているようです。


 確かに、エルネアには今二人が覗いているランクの品では劣ってしまうでしょう。


『エル、見ておいでよ。私はこっちのをリーセンと見てるから』


 ミモルは笑顔を向けながら、心の声で話しかけました。お店に誘うのだから光り物は好きなはずです。

 彼女にはお礼を言ったくらいでは足りないほどの恩がありました。多少の金銭を投じても、ミモルには何も文句などありません。


「いえ、高価なものには興味ありませんから」


 彼女にしてみれば驚きの発言でした。そんな風にして誰かをね付けるところなんて、想像出来ませんでした。店員も呆気に取られています。

 少し経って我に返ったのか、営業スマイルに戻って「そうでしたか。それではお決まりになりましたらお申し付け下さい」と言って下がっていきました。


「エル、良かったの?」

「行くなら一緒に行きましょう?」

「わ、私はこっちで良いよ。あんな高そうなの、まだ早いもん」


 幼い自分と、大人の彼女では何もかもに差があり過ぎます。そんなことは十分に承知しているから、ひがんで困らせるようなことはしないつもりです。


「なら、私もこっちでいいわ。あの人は見る目がないのね。私なんかより、ミモルちゃんの方がずっと似合うのに」


 開いた口がふさがりませんでした。


「な、何言ってるの? 誰だって、エルに宝石を身につけて欲しいって思うはずだよ」


 綺麗なドレスを着ていなくても、化粧も宝石もなくたって、どこに出ても恥ずかしくない美貌の持ち主なのですから。

 しかし、エルネアの次の言葉はこちらの価値観からは遠くかけ離れたものでした。


「私ばかり着飾ったって無意味じゃない」

「……もしかして、私と一緒に見たかったから断ったの?」

「そうよ。当たり前でしょう? リーセンはいつもミモルちゃんと一緒に居られていいわね」


 口を尖らせた天使は拗ねたように呟きました。

 使命感から来る感情なのかもしれません。そう言って貰えて自分が嬉しいのも、ただの優越感なのかもしれません。けれど、そんなことはどうでも良いことでした。


「じゃ、一緒に見よっか」

「えぇ」


 二人は自然と顔を綻ばせました。


《終》

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