第36話 とらわれの真実①

「私がエルを守ってるなんて、不思議だね」


 つたはどこまで行っても繋がっているらしく、ミモルが近寄ると避けていきます。エルネアを後ろにかばうようにして進み、二人はどんどん奧を目指しました。


「あそこから生えてきてるわ」


 廃墟の向こうに陣取るそれは、巨大な一本の柱に見えます。柱と違っていたのは、方々へ枝を伸ばしている点です。

 おうぎ状に広がり、ただでさえ雲がかかって薄暗い世界に濃い影を作っています。


「大きな木……。でも、葉っぱが一枚もないね」


 緑色に思われた表面は、縦横無尽に絡みついた蔦が青々をしていたに過ぎず、本体は枯れ果ててくすんだ茶色をしていました。

 伸びた枝も同様で、蔦に生命力を全て吸い取られてしまったように見えます。


「これでは脱け殻ね」

「……あれ!」


 木をじっと見つめていたミモルが叫んだのも無理はありませんでした。びっしり張り巡らされた蔦の奥に、がれかけた皮とは違う色を見たのです。


「マカラ……!?」


 目線よりずっと上、そこにはほとんど全身が埋もれそうなほど、木と一体化してしまっている女性の姿がありました。


「でも、なんだか違うみたい」


 黒い闇に染まっていた悪魔を思い出し、首を傾げます。今、二人の前ではりつけにされている者からは、あの禍々まがまがしさが感じられません。

 エルネアが頭を振りました。


「何も感じられないわ。さっきの幻もそう。いつもなら、あんなものに惑わされたりしないのに」


 それがこの世界に充満するけがれた空気のせいだと、二人とも気がついていました。


 立って歩いているだけで賞賛しょうさんに値する状況なのです。五感が鈍ってもおかしくはありません。こつ、という靴音がして、後ろから声がかけられました。


「あれが本当のマカラの姿だよ」

「ニズム! 無事だったの?」

「うん。結局巻き込んじゃったね」


 銀髪の青年は呟き、色の薄い瞳で天使を見上げます。近付こうか迷っているミモルに、彼は心から済まなさげに頭を下げました。


「最初から、こうするつもりだったのね?」

「相変わらずエルネアは勘がいいな」


 マカラに味方し、協力する姿勢を見せて、内心では地の底へ来るつもりでいたのでしょう。謝罪には二人をあざむいた件も入っていました。

 言って苦笑されると、指摘したエルネアの方が、はっとしてしまいます。


「あなたは、最初から私を知っていたのね」

「知ってた。記憶がないこともね」


 記憶もなく、疑問さえ抱かずに新しい少女に尽くす天使を目の当たりにして、決意を新たにしたのだとニズムは言いました。


「それに関しては、僕は謝らない。悪いことをしたとは思わないからね」

「……いいえ、それでよかったのよ」


 再会した時に彼が全てを語って助力をうたなら、別の道があったかもしれません。こんな回りくどい方法を取らずに、もっと直接的にマカラと接触出来ていたでしょう。


「あの時はまだ確信がなかったし、エルネアは新しい関係をミモルと築こうとしてた。記憶を掘り起こす真似をしたら、それを壊すことになるからね」


 全ては自分達の問題です。たとえ昔の顔見知りだとしても、巻き込みたくはなかったのだと。


「神々が間違っていると断言する気はないよ。でも、マカラのことだけは譲れないんだ」

「どうしてそこまで?」


 ミモルには解りませんでした。ニズムは分別のある人間に見えましたし、それは昔から変わらないように思えたのです。こんな暴挙に出るのは信じがたいことでした。

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