第34話 きこえた呼び声②

「倒した、の?」

「文字通りね」


 ミモルの瞳が揺れます。チェクやエルネアがかつて悪魔と戦ったのは知っていました。しかし、同時に悪魔がとされた天使だったことも判明しているのです。

 そこへ完全に死を肯定され、希望が打ち砕かれた心地がしました。


「マカラも罰せられたのなら、その悪魔と同じ運命を辿ったんじゃないかってね。もちろん、自分で地の底へ渡るすべを探したよ。でも出来なくて、次に思い付いたのが」

「地の底と繋がる力を持った人間を探すこと?」


 エルネアが言葉を継ぎ、ニズムも頷きます。


「つい先日、誰かがマカラをび出したのは感じたけど、どこにいるのかまでは分からなかったんだ」


 ふいに口調を変え、「知ってる?」と聞いてきました。


「選ばれし者、つまり僕達のような人間は圧倒的に女性が多いみたいだね」


 彼にとって幸いだったのは、生まれ変わってもその力が落ちなかったことです。もしかすると、ただの人として埋もれていった方が幸せだったのかもしれませんが。


「色々試したうちの一つが、自分の意識を飛ばしたり、人の意識に干渉する方法だった」


 急に話が飛ぶことに違和感を覚えていたミモルが「あ」と声をらしました。あの夢のことを言っているのだと思い至ります。


「マカラの存在を感じ取った傍にミモルが居た。手掛かりが欲しくてコンタクトを取ったんだよ」


 彼はずっとミモルに呼びかけ続けていたのでしょう。


「ミモルが成長して、僕の声を完全に聞き取れるまでになれば、『そこ』へ行くことが出来るから。……疑問は解けた? さっきも言ったけど、僕はマカラのために生きてきたし、これからも変わらない。ただ、それに他の誰かを巻き込む気はないよ」


 ミモルがどういう意味かと訊ねる前に、エルネアが眉根を寄せました。


「ダリアの代わりにあなたが門を開くと言うの?」

「本気?」

「マカラ、そんなに望むなら僕が力を貸すよ」


 苦しそうにしていたマカラの口が驚きの形に変化し、提案に興味を抱いたのか、ベッドからおりてきます。そんな彼女に、ニズムは手を差し出しました。

 エルネアが警告します。


「確かにあなたならダリアの代わりには十分かもしれない。でも、いずれにしても身を滅ぼすだけよ」

「黙れっ」


 いきり立ったのはマカラで、その腕で一閃、空を斬りました。

 生まれた鋭い衝撃を、ミモルを庇う格好で、しかも近距離で受け止めたエルネアの肩からは服が切れ、血がにじみます。


「エル!」

「大丈夫よ。それよりあなた、本当はもう思い出しているんじゃない?」

「うるさいっ!」


 叫ぶと同時にニズムの手を乱暴に取りました。激しい光が二人から発せられ、ミモルは強い痛みをつむった目蓋に感じました。


 服がはためき、狭い室内で激しい空気の流れが起こっているのを知ります。がたがたと家具が揺れ、ダリアが心配になりつつもエルネアの腕から抜け出すことも出来ません。


「えっ……」


 ぎぎぃ、と聞こえたのは何だったのか。それを境に、突然音も光も止みました。

 そこはすでに宿の一室ではなく、荒れ果てて草木一本生えていない不毛の土地でした。空は暗く、雲が厚く覆いかぶさっています。


「どうやら巻き込まれてしまったようね」

「ここが天……じゃないよね?」


 エルネアに支えられて立ち上がりながら、直感で違うと理解していました。神々の住まう世界が、こんなに寂しい場所のはずがありません。

 乾いた音の風が吹き、巻き上げられた砂が肌を弾きます。


「違うわ。ここは、地の底よ」

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