第25話 聖域のあるじ②

「こちらが主の館です。どうぞ、お入り下さい」


 村の中央に位置するらしき場所には、一際大きな建物が構えられていました。村長の家というよりは、むしろ神殿のようなおごそかさが漂っているように感じられます。


 促されて中に入ると、いよいよ神聖な空気が肌に痛いほどです。やはり様式が異なった「教会」のようでした。

 ひと以外の者の目が絶えずこちらを見定めている気がするのです。


「はぁ」


 通された客間は板張りで、木の温もりが足に直に伝わってきました。同じく木のテーブルに椅子。

 なにやら外から見たイメージとはちぐはぐですが、座ってみると不思議と落ち着き、思った以上に緊張していたのだとミモルは気付きました。


「疲れたでしょうけど、もう少し我慢してね。あとで休ませて貰えるようにお願いするから」


 らした溜め息にエルネアが心配そうな声をかけてきます。隣に座った彼女に背中を撫でるようにさすって貰っていると、心地良さから眠ってしまいそうです。

 慌てて首を振り、緊張しただけなのだと笑ってみせました。


「お待たせしました」


 入ってきたネイスが抱える盆には、陶器のカップが三つのっていました。紅茶とはまた違う、いだことのない匂いがふっと鼻に触れます。

 強張った体を解すような、柔らかい香りです。出されたそれを覗くと、薄緑に澄んでいました。


「どうぞ、冷めないうちに」


 お茶に添えられたのは、白い皿の上にぱっと咲いた色鮮やかな花です。

 甘い匂いに誘われるように端をかじると、軽い歯ごたえとともに甘みが口に広がりました。精巧に作られたお菓子です。


「美味しい」


 湯気の立つお茶は、菓子とは対照的にすっきりとして僅かに苦味があります。相性をよく考えられた組み合わせでした。


「それで、どのようなご用でこちらへ?」

「この館の……聖域の主、というひとに会わせて下さい」


 ミモルはカップを戻し、居住まいを正して言いました。目的は忘れていません。

「聖域」の主に会い、悪魔について、エルネアの過去について訊ねるために、わざわざ異なる世界までやってきたのです。ネイスは眉根を寄せ、すぐには頷きませんでした。


「主、ですか。確かに主はこの館にいますが……理由を伺っても?」


 特にこちらにも隠す必要もないので、ミモルがこれまでの経緯とともに説明します。


 すると束の間、彼は胸のうちで言葉を反芻はんすうする様子を見せ、短く「そうですか」と答えました。そうして、すっと視線を二人に向けてから言いました。


「私が、この聖域の主です」

「え……」

「そんなに驚かないで下さい。言ったでしょう、『管理を任されている』と」


 声がやや低くなったように感じたのは、気のせいではないでしょう。ネイスはお茶を口に運ぶと、絶句している少女達に苦笑してみせました。

 その意味を先に理解したのはエルネアです。


「任せているのは『主』だと思っていたけど、そういうことだったのね」

「どういうこと?」

「主は、神々から聖域の管理を任されている、のでしょう?」


 彼が言葉もなく頷きます。ミモルは、会いたいと思っていた人物が目の前にいることを改めて思い知り、カップをぎゅっと握りました。


「試すようなことをして、すみませんでした。聖域に人が訪れることはほとんどありません。外から来たものを見定め、ここを守るのが私の務めなのです」


 伝えるべきことはすでに語り終えていました。彼が正体を明かしたということは、応じるという意思表示なのでしょうか?

 急く心を抑え、ネイスの口が開くのをじっと待ちました。

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