第24話 ひらいた扉①

 驚きが胸を通り過ぎると、ミモルは口の端を引き絞りました。思い出すのは、この旅の始まりとなった瞬間です。

 くっきりと浮かぶのは、ルアナの「事態を収める方法を知っているか」という問いにうなづいたエルネアの姿でした。


「本当のところは知らなかったんだよね?」

「……かつて倒された相手なら、私達も同じことをすれば、と思ったのは本当よ」


 彼女は躊躇ためらいながら、あの時より弱い頷きで応えます。幼いながらも、ミモルは着実に心身ともに成長しています。


「旅の間に色々なものを見たよね」


 精霊から見せられた幻に現れた少女・チェク。そして天使が忘れてしまった記憶。

 断片的にしか集まらない情報を辿るように、ミモルが指を折ります。水の記憶、夢、そして今見たもの……。


「チェクやエルが戦っていた相手は悪魔、なんだよね」


 呼吸の音さえ鼓膜を振るわせそうな、しんとした静寂が続きましたが、やがてエルネアが口を開きました。


「……実感がわかないのよ。チェクが何かを伝えたがっている気がするのだけど」


 夢や記憶で少女が表情を曇らせる原因が、悪魔の何かだとすれば、知るのはきっと重要なことです。

 それなのに受け止められません。靄のようで触ることが出来ません。もどかしさから、いつの間にか彼女の美しい顔は歪んでいました。


「私、扉を開くよ」


 そんな表情を見せられ、ミモルの口からは自然とその言葉がこぼれます。

 両手を強く握り締めると、声が上擦うわずりました。お互いの瞳には相手の顔が映っています。


 このまま考えていても堂々巡りを繰り返すばかりです。煮詰まった思考を変えてくれる何かがあるなら、飛び込みたいと思いました。


「一緒に行ってくれる?」

「えぇ」


 そんな少女の成長に目を細めながら、エルネアも力強く応えました。


「始めるぞ」


 二人が寄り添って立ち、両脇に精霊が控えます。ミモルは顔をしかめ、辛いことを耐えるように強く目を閉じました。


「どうしたの、気分でも悪い?」

「う、ううん。ちょっと、怖いだけ」


 肩に触れてきた感触に驚いて見上げると、心配そうに開くエルネアの唇が目に入りました。血色が良く、豊かに膨らんだそれは、男性でなくとも見とれてしまう魅力を持っています。


 ミモルは視線を外すことが出来ないまま、小声で返事をしました。彼女がこことは違う世界から来たことを改めて実感するのです。


「世界の壁を超えるって、どんな感じ? 痛かったり、辛かったりするの?」


 いま自分を震わせている恐怖を彼女はすでに経験しているはずと思うと、問いかけずにはいられませんでした。


 体が引き裂かれそうな痛みや、息が出来ない苦しさを伴うのでしょうか? それとも、自分が自分でなくなるような怖さを味わうのでしょうか?

 怖々こわごわ訊ねると、パートナーは微笑みました。


「私が現れた時、ミモルちゃんは辛かった?」

「少し、淋しかったかな」


 白い空間にたった一人。リーセンが居てくれなければ、孤独でもっと辛かったかもしれません。そんな返事にエルネアは一度言葉を詰まらせました。


「……あの時、あなたは私の世界に通じていたの。痛みはなかったでしょう? それに今度は私も一緒だから」

「見付けたわ。狭間はざまよ」


 ミモル達が話している間に、セインとメシアは聖域へと続く道を見付けたようです。どこに、と思う間もなく、瞬きの瞬間にそれは見えました。

 目を閉じれば、真っ暗なはずの視界の隅に光が明滅します。次第に近づいてきた光は闇を吸い込む渦になって、二人に迫ってきました。

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