第23話 聖女とせいいき②

「待って。飛ぶって、どうして急にそんなこと」


 ミモルは慌てて、話を進めようとするメシアに割って入りました。


「エルが住んでいたのは神様の世界でしょ? そこに私……人間なんて入れるの?」


 神々が治め、天使が舞う楽園。ミモルとて、行ってみることが出来れば良いのにと思ったことはあります。でも、天使は首を振りました。


「天に人が入れるのは、魂が肉体から離れた時だけよ。生きたまま入ろうとしても弾かれてしまうわ」


 がっかりすると共に恐ろしさも感じました。「魂が肉体から離れた時」とは、つまり死んでしまった時という意味でしょう。まだ何も達成していないのに、死ぬわけにはいきません。


「開くのはその扉じゃない」

「じゃあ、もしかして……地の底? い、嫌だよ、そんなところに行くの」


 ミモルは地下からわき上がってくる、どす黒い気配を思い出して身をすくませました。


「それも違う。開くのは――聖域への扉だ」

「せいいき?」

「名前の通り、聖なる場所よ。聖女が住んでいるの」


 初めて聞く名前です。パートナーが説明を加えてくれたことで、ミモルは瞳を見開きました。


「それって、ルアナさんもそこに住んでいたってこと?」


 育ての母親は「聖女」と呼ばれていました。不思議な力を持っていましたし、異界への扉を開く儀式ぎしきも知っていました。


「聖女って何なの? ……人間じゃないの?」


 今まで聞くに聞けなかった疑問を、ミモルは口にします。彼女は自分とは違う存在だったのでしょうか?


「聖女とは、至らなかった者のことだ。人より感応力かんのうりょくに優れ、特殊な術を行うことも出来るが、自ら扉を開けなかった存在。導き手でもある」

「どういう、こと?」

「パートナーを得られなかった、ということよ」

「じゃあ、ルアナさんは……」


 エルネアの言葉によって、メシアが何を言おうとしたのかを理解します。ミモルは、母親を哀れに思わずにはいられませんでした。


「何をするって言うの? 今更、聖女について知ったって遅いじゃない。そんなことより、一刻も早く最後の精霊と契約してマカラを倒す方が先だよ」


 気持ちがささくれ立ち、ぞんざいな言い方を止められませんでした。

 何が素質を決めるのかも、誰が選ぶのかも知りません。それでも、自分が辿り着けなかった高みへ安々と登り詰めた娘を、彼女はどんな気持ちで見ていたのでしょうか。


 たずねることさえ出来なくなってしまった今となっては、色々なことがひどく無意味に思えます。けれどもメシアは気分を害した様子もなく、冷静に言いました。


「聖域の主なら、悪魔を払う方法を知っているかもしれない」

「本当?」


 俯きかけた顔が上がります。黒い髪の精霊は静かに頷きました。


「聞いてみる価値はある。それに天使の記憶を呼び覚ます術も、持ち合わせているかもしれない」


 降ってわいた、思いもかけない言葉にミモルは呆気に取られました。それは、胸の内にくすぶっていた怒りも消えてしまうほどの衝撃でした。

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