第20話 光のひと②

「こ、こんにちは。ミモルです」


 その微笑びしょうに促されて挨拶をしました。ウォーティアとった時もそうでしたが、精霊と視線を交えて話をするのはとても緊張します。


『私はセイン。光をつかさどる役目を預かっているわ』


 ミモルは怪訝けげんな顔をしました。確かにセインは光の精霊のイメージにぴったりの美貌びぼうの持ち主ではあります。

 この城も、光のように美しいと言って差し支えはありませんが……。


『光を、というには弱いと思うでしょう?』


 図星を突かれ、どう答えていいのか分からずにいると、彼女はくすくすと笑いました。


『私の願いを聞いて欲しいの』


 突然、会話の流れが変わったことに驚いたものの、ミモルはすぐに先ほどの件だと気が付いて顔を上げました。城で休憩を取らせて貰う代わりに、彼女の願いを叶えるという約束です。


「わ、私に、叶えられることなら」


 すでに精霊の領域に足を踏み入れ、目を楽しませて貰った身として言えるのはこんなセリフだけです。


『まずは一つ目。ここから出してくれるかしら?』

「えっ?」


 呆気に取られてしまいました。お互いは瞳に浮かぶものさえ判断出来そうなほどに近いのに、その間には硬質こうしつの輝きを放つクリスタルが立ちはだかっています。


「出られないんですか?」

『城が浮いているのを見たでしょう? 私が、この城の支え。柱なの』


 まさかという思いが湧き上がります。もしかして、セインはずっとこの中に居続けているのでしょうか? もしかして、この世の始まりから終わりまで?


「じゃあ、そこから出たら、この建物は落ちちゃうんじゃあ」

『あなたの助けがあれば、この城を落とさずに出られるわ』

「本当?」

『ウォーティアとの契約は?』


 精霊との会話は本当に独特です。こちらの話を聞いてはいるのでしょうが、受け答えにむずがゆい思いをします。

 時に、二手三手先を見据えて話を展開しているらしいその口ぶりは、少女の理解の上をいっていました。


「あ、はい。終わってます」

『では、天使エルネア。みちびきを』


 ずっと緊張の中、見上げていたことに今更気がついたように、隣で微笑んでいるエルネアへ視線を移しました。

 少し首を痛めてしまったみたいです。ミモルは顔をしかめましたが、手を引いてくる彼女に従って部屋を後にしました。


「え、出してあげないの?」


 疑問が後から後から溢れてきます。エルネアは笑って「もちろん、出してあげるわ」と言いました。迷いのない足取りは変わりません。

 扉から外へ出ると、潮風に頬を叩かれました。高度がある分、空気の流れが速いのです。足元には風にあおられて波打つ水面が広がっています。


 顔に当たる金糸のような髪の毛を払いながら、エルネアが頷きました。セインとの会話から察するに、どうやらここで水の精霊を呼び出すようです。

 ミモルはいぶかししげな表情のまま、息を吸い込みました。森や山とは全く違った匂いが、肺の奥まで満ちてきます。


「――水よ、呼びかけに応えよ!」


 なんだろう?

 声を吐き出してみて、慌てて口元を押さえました。 自分の頭には、こんな威圧を振りく言葉は入っていなかったはずです。


『あんたが手に入れた力ってのは、そういうものなのよ』


 ふいに聞こえてきた、もう一人の自分の声へ反応する前に、水音に意識をうばわれます。

 透き通る青みがかった肌、うねる髪、全ての水を集めたようなあおい瞳……この海を創った張本人が二人の前に現れていました。

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