第19話 こころの封印②

『私達天使は、幾度となく出会いと別れを繰り返す生き物なの』


 地形がどんなに変わっても、砂漠だった頃と同じように日の光は降り注ぎます。

 ミモルは出来たばかりの砂浜を歩きながら、今朝聞いた話を何度も頭の中で繰り返していました。数歩離れた後ろの天使が立てる、さくさとした足音を耳の端に捉えながら。


『誰かにばれると、その人と共に地上を生き、守り、そして――消えていく』


 夢から抜け出した二人は、薄暗がりの中で、しばらくの間沈黙を守っていました。先に言葉を発したエルネアの声さえ、ほんのささやきに過ぎませんでした。


『夢の中で出会ったのは、……私の、前のご主人様よ』


 全てを漏らさないように聞き、今こうして太陽の下で反芻はんすうしています。


『大切な人だったんでしょ?』


 でも、と呟いた時の表情が目に焼きついていました。彼女は言いました。「覚えていない」と、「思い出せないのだ」と。


『別れを経験した天使は、次のご主人様に仕えることが出来ないわ。身を切られるような辛さを味わってしまうから。……だから、主神の慈悲じひによって、封印されるの』


 それは、忘れてしまうということだった。大切だったことも、その人の名前も、存在そのものを。ただ、その封印は絶対のものではないらしい。


『何がきっかけだったのかしらね』


 記憶を消し去ってしまうわけではないから、何かの拍子に思い出すことがある。それが今のエルネアの状態だった。


『大丈夫よ。前の主――チェクは、私やあなたを困らせる人ではないし、今一番大事なのはあなた』


 話はそこで途切れてしまいました。そうしてネディエ達と今度こその別れをして、二人で街をあとにしてきたのでした。


「……ミモルちゃん」


 ミモルの背中に気遣わしげな声がかかります。少女は努めて明るい顔で振り返りました。


「うん、行こう」


 目前には、青い空と海が輪郭りんかくを失い、混ざりあう風景が広がります。


「さぁ、手を」


 こんなに遠くまで旅をしてきたというのに、ダリアの手がかりは掴めていません。彼女が無事でいる保障さえありません。


 ミモルはきつく唇を噛み締め、エルネアの手を取りました。天使の身を淡い光が包んだかに見えた瞬間、背に白い翼が現れます。

 大きく広がったそれに目を奪われているうちに、足は地を離れていました。


「向こう岸まで飛んでいける?」

「えぇ、地図で確認したもの。日が沈むまでには辿り着けるはずよ」


 森とは違う、湿った空気が鼻をくすぐります。風の音も耳元で絶えず鳴っています。ぴったりとくっ付いたこの姿勢でなければ、声も途切れ途切れに聞こえるに違いありません。


「でも、海が出来て良かったわ」

「えっ?」


 意外な言葉にミモルは目を丸くします。けれどもエルネアは悪戯っぽく微笑んだだけでした。


「途中、寄り道して行くから、そこで一休み出来るはずよ」


 一体、どこに寄っていくつもりでしょう。キョロキョロと辺りを見回してみても、後にも先にも水が広がるばかりです。砂山でもあるのでしょうか?

 しかし、日が完全に昇り、そしてゆっくりと降りていく時間に差し掛かった頃、ミモルは翼の影から驚嘆きょうたんの声をあげることになりました。

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