第18話 さばくの変容②

 その時、帰ろうとした一行を呼び止める者がいました。誰でもない、風の精霊・ウィンです。

 悪魔の呪縛から解き放たれた彼は、ネディエの前へ歩み寄り、『契約を』と言いました。


「良いのか?」


 手を取って風を身に付けようとする友人の横で、ミモルは解放した瞬間に感じた風を思い出していました。



「結局、振り出しに戻っちゃったね」


 マカラはどこかで生きているでしょうが、それは何の解決にもなりません。かろうじて悪魔ごと姉を失う最悪の結末を回避しただけです。

 落ち込む少女に、エルネアははっきりと首を振りました。


「今回はウィンを助けて、マカラを追い払えたんだもの。確実にミモルちゃんは強くなってるわ。旅を続けましょう。力が足りないなら、他の精霊とも契約して高めていけばいいのよ」


 これまで強くなりたいと望んだことはなく、むしろ己の力が恐ろしいものだと知るばかりでした。

 けれど、家族を取り戻そうと続けてきた旅の間に、ここままで良いのかという不安が首をもたげてきたのも事実です。


「……うん。頑張る」


 悪魔と対峙たいじする毎に感じるのは無力感で、それを克服する手立てがあるなら手に入れたいのです。

 つまづくことがあっても、この優しいパートナーの手を借りられるのなら、また立ち上がれるとミモルは思いました。



 砂漠が海に変わった前代未聞のニュースは、瞬く間に街中へ広がりました。怪しげな噂になる前に、ルシアが正式に発表したからです。


 まずはお金持ちや街の有力者達を塔に呼び、それから広場で人々に静かに伝えました。いずれも内容は簡潔かんけつで、「神の声を聞いた。あの海は神の恵みだ」、ただそれだけでした。


「大丈夫なの?」


 ミモルが心配顔でたずねると、本来の姿を取り戻した領主はあっけらかんと「嘘はついていないもの」と言い放ちました。

 こういう時は何を言ったところで混乱は避けられません。大きく構えている方が、良い方向に進むものらしいのです。事実、住人達はそれで納得してしまいました。


 わいてきたのが疑問や抗議こうぎ、非難ではなく、今後の対応策がほとんどで、外から来たミモルは驚かされるばかりでした。


 元々、占いを信じて生きている人々だから、物事をありのままに受け止める柔軟さを持っているのでしょう。


「多少はゴタゴタするでしょうけど、そんなの、どうとでもなるわ」

「そのようだな」


 街で最も心配性だったのはネディエだったようです。それ以上、文句は口にしませんでした。


「どうする?」


 領主の間でソファに腰掛けていたミモルが、隣に座るパートナーに問いかけました。

 懸念けねんしていた混乱も起きないようなのであれば、先に進みたいのです。眼差しを受け、彼女も金髪を揺らして微笑みました。


「そうね。今日は休んで、明日改めて出発しましょうか」


 彼女の提案通り、その日は再び塔に泊めてもらうことにしました。ベッドに入ると、一気にだるさが少女にのしかかりました。

 新しい力を得たことで少なからず消耗していたという事実に、深い眠りに落ち込む瞬間、気が付いたのでした。

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