第16話 風のけしん②

 口を挟まず成り行きを見守っていたネディエ達に謝って、立ち上がります。林は広いものではなく、太陽が真上に昇る頃には目的の丘に到着することが出来ました。


 木の波から外れ、短い植物におおわれた地面は、いくらも歩かないうちに途切れました。強くなってきた風は一気に突風へと変わり、髪や服のすそを無作為に巻き上げます。


「……何、これ」


 砂嵐と言うからには、暴風で砂が視界を覆い尽くすのを想像していました。しかし、そこにあったのは巨大な竜巻でした。

 乾いた砂を巻き上げながら、砂漠の真ん中で数本の太い筒が激しく回転しています。それが右へ左へ、まるで生き物のように移動しているのです。


「あれが砂嵐……!?」

「いや、違う。あんな竜巻……ありえない!」


 どうりで轟音ごうおんがする訳です。お互い叫ばなければ、声さえ届きません。横で絶句していたエルネアが、「あれは自然の竜巻じゃないわ」と苦々しく言い放ちました。


『そうだ』

「誰っ?」


 風が突然、みました。世界は何も変わらないのに、ここだけすっぽりと違う空間に包まれたかのように、音が遠ざかります。

 ミモル達の目は自然と、高くて硬い声に吸い寄せられました。丘でも、後ろの林でもありません。それは――上から降ってきていました。


「浮いてる……」


 その少年は頭上から、光を宿さない深緑の瞳でミモル達を見下ろしていました。


『ここから先には通さない』


 上空には風が渦巻いているのでしょう。彼は瞳と同じ色の髪をなびかせ、こちらの言い分など耳に入らない様子で「引き返せ」と言います。


「あれは風の精霊・ウィンです」

「精霊?」


 静かに付き従ってきたヴィーラが言い、エルネアも頷きました。精霊といえば、ミモルはすでに水の精霊ウォーティアと出会い、契約を果たしていますが、この少年も訪れを待っていたのでしょうか?


『引き返せ。さもなくば命を絶つ』


 少年は抑揚よくようのない声で三度みたび警告けいこくしてきました。右手を突き出すと、空気がそこへ収縮し、小さな渦が生まれます。


「こちらが拒否すれば、風を叩き込んでくるつもりなのでしょう」

「たかが空気とあなどっては駄目よ。直撃を浴びれば、全身を切り刻まれるわ」


 天使達の忠告に、ミモルとネディエは顔を青くしました。


「やめて! どうしてこんなことをするの? あなたの役目は、世界の風を管理することでしょう」


 エルネアが説得に入るも、相変わらずウィンと呼ばれた精霊は顔色一つ変えません。

 うつろな瞳で、警告を無視されたことを感じた唇がわずかに、何事かを呟き始めました。


 どうっ! 風とは思えない響きが耳をかすめたのと、エルネアに抱えられるようにして横へ倒れたのはほぼ同時でした。


「え、エル!」

「大丈夫よ。私が守るから」


 見れば、今しがた立っていた場所は草木がえぐられ、地面が凹んでいます。あんなものを受けたら、ひとたまりもありません。

 そして、上空には次の一撃を繰り出そうと両腕に風をまとったウィンの姿。


『倒す……、倒す……』

「一体、どうしたっていうのかしら」


 低く小さな声が耳に飛び込んできて、ミモルははっとします。それが、どうしても彼のものだとは思えなかったのです。

 自分の意思が感じられません。目の前の少年は、子どもの姿をした人形のようでした。この違和感は何なのでしょう。怒り? 憎しみ? それとも――。

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