第四章 しくまれた嵐

第16話 風のけしん①

「行かれるのですね」


 準備をすませ、ミモルとエルネアは塔の前に立ちました。淋しそうに見送るヴィーラの横で、ネディエも名残惜しそうに言います。


「ミモルに出会えてよかった」

「私も、ネディエと仲良くなれて本当に嬉しかったよ」


 ここ数日の間行動を共にし、二人はすっかり仲良くなっていました。似た境遇への共感もありましたが、ネディエが誠実に接してくれたおかげでもあります。


「また来ても良い?」

「もちろん。ルシアさんも待ってると言っていた」

「……ありがとう」


 じゃあね、ときびすを返し歩き出そうとしたところへ、兵士の一人が駆け込んできました。そのただならぬ様子に、こちらの足も止まります。


「どうした?」


 全速力で走ってきたのでしょう。肩を激しく上下させる兵士は、顔に汗をびっしりとかいていました。息を吸い込み、勢いに任せて一気に吐き出します。


「西の砂漠で嵐が発生し、物資の輸送が滞っているとのことです」

「何だと?」

「私は領主様にご報告に参ります」

「分かった。頼む」


 彼は頷くと、そのまま塔の中へ消えていきました。


「エル……」


 心配な瞳を向けると、エルネアもうなづきます。

 西といえば、これから二人が向かおうとしている方角でした。塔からは草原と林が見えましたし、その先に砂漠が広がっていることも地図で確認済みです。


「街は大丈夫なの?」

「嵐は毎年のことなんだ。が、今は時期じゃない」


 慣れているはずのネディエの渋面に、ミモルが「どういうこと?」と問いかけました。

 彼女の説明によると、今年の嵐の時期はもう過ぎているらしいのです。おかしい、としきりに首をひねっています。


「どうしよう。先に進めなくなっちゃったね」


 うつむくミモルの肩を、エルネアがポンと叩きました。


「安心して。ミモルちゃんは私が運ぶから。どんなに強い嵐だって、届かない上空まで上がれば関係ないもの。……でも」

「えぇ。放っては置けません。物資の輸送が滞れば、街の人達は困ってしまいますし」


 物が届かなければ生活に支障が出ます。必需品が品薄になれば街の治安が脅かされるでしょうし、食料がなければいずれは飢えてしまいます。

 しばらく考え込んでいたネディエが息を小さく吐き、ヴィーラに振り返りました。


「ルシアさんに伝えてきてくれ。調べに行ってくる」



「何、この音?」


 ざくざくと四人の足音が鳴っては、地面に吸い込まれていきます。

 街を離れ、振り返って見えるのが塔の先だけになる前に、開けていた視界は木々に遮られました。強い風の音が聞こえてきたのもその頃です。


「砂嵐だろうな。私も近付くのは初めてだ」

「こんなに凄い音がするの? 近寄って大丈夫かな……」


 ネディエの先導で林を歩きます。一行は嵐を見極めるために、旅人用に整備された道を使わず、砂漠を見下せる丘を目指し、あえて険しい道を進んでいました。


「景色はきれいだね」


 この辺りの木は季節の変化に左右されない、葉が落ちにくい種類が多いようです。落ち葉の絨毯はなく、大地は褐色かっしょくの地肌がむき出しでした。

 根のそばには、色とりどりの傘が付いた植物が自生しています。


「毒があるから触っては駄目よ」


 鋭い声に、腰を落として触ろうとしていたミモルが慌てて手を引っ込めました。


「うちの森のキノコは食べられたのにな」


 思い出すのは義母であるルアナの手料理です。キノコと野菜を炒めて、ぴりっと辛い特製ソースをかけた一品。

 舌に合わないと思っていたそれを、今になってどうしようもなく食べたくなる自分がいて、彼女はしばらく無言でキノコを眺めました。


 どんなに望んでも、もうあの料理は食べられない。その事実を受け入れるのには、まだ時間が必要そうです。


「……今度、キノコ料理を作ってくれる?」

「えぇ。あなたが望むなら、いつでも何でも作ってあげる」


 ぽつりともらした呟きに、エルネアが優しく答えます。「次の町へ着いたら」と言いかけた彼女をさえぎって、ミモルは「違うの」と続けました。


「ダリアが帰ってきたら、一緒に食べたいんだ」

「……分かったわ」

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