第15話 ひつような存在①
『さっき、アンタが暴走したでしょ。あれのせいよ』
頭に響くリーセンの声に、ミモルはぐっとのどを詰まらせました。
その理由以上に、エルネアがこんなに近くにいるところで話しかけられたら、聞こえてしまいそうです。
『リーセン、今は話しかけないで』
『別にいいじゃない。アタシに気が付かないなんて、駄目な天使ね』
「エルのこと悪く言わないでっ」
思わず口から
「ねぇ、ミモルちゃん……」
「だめっ」
初めての拒絶でした。伸ばされた手を振り払うように、反射的に叫んでしまいました。再び長い沈黙が二人の間を流れます。
恐らく気付いているのでしょう。当たり前と言えば当たり前です。お互いは繋がっているのですから。
「……ごめん」
「良いのよ」
そう言って笑う顔は痛々しく、ネディエの盾となるべく身を投げ出した時のヴィーラが
実際、ミモルは心の痛みを感じました。けれども胸のズキズキが自分のものなのか、エルネアのものなのかは酷く
「……知りたいって言ってよ」
だから、はっきりさせたくて勇気を振り絞ります。この痛みを、消耗しているパートナーの苦しみを、少しでも癒してあげたくて。
「エルには聞く権利があるよ。私のパートナーなんでしょ? だったら『知りたい、教えて』って言ってよ」
少し、子ども染みているかもしれませんが、ミモルには他に表現する方法が思いつきませんでした。
エルネアの使命感は本物です。持てる全てを尽くして守ってくれていることも事実でしょう。でも、その一方で何かが足りないような感覚がずっと拭えませんでした。
「我がままかもしれないけど、もっとエルの気持ちを言って欲しいの。私が出来ることなら、頑張って応えるから」
天使の腕が滑らかな動きで伸ばされ、ふわっと優しい香りに包まれます。
「私は知りたいよ。エルが苦しそうなのに、理由も分からないで見てるだけなんて、辛い」
それは家族からもたらされる安心感とは全く別のものでありながら、同じくらい心地が良いものでした。
「ミモルちゃんが笑ってくれるだけで、私は幸せよ。でも私の気持ちを望んでくれて嬉しいわ」
それから静かに、ミモルを止めるために力を使ったことを告白しました。
ミモルは部屋を破壊し、人を傷つけてしまいましたが、彼女の助けがなければ被害があれで済まなかったのだと知りました。ぞっとする話です。
「それで疲れてたんだ。ごめん」
「大丈夫よ」
ようやく落ち着き、ベッドに座り直しました。傾いていた夕日はとうに流れて、街が人工の灯りで満たされます。昼間とは違った幻想的な景色がありました。
「……私の中にね、もう一人いるの」
はっとエルネアの息を呑む音が耳をかすめます。
「小さいころから存在は感じてたの。でも、話が出来るようになったのは……多分、エルと出会ってから」
リーセンが何なのか分かるかと聞くと、天使は金髪を揺らして首を振りました。
「でも、必要な存在なのだと思うわ」
「必要?」
「リーセンもきっと、大事な存在なのよ。居なくなったら、あなたが欠けてしまう気がするもの」
胸に手を当てて心の奥の住人へと目を向けます。口の悪い相棒はへそを曲げているようで、少しおかしかく思いました。
「……気持ち、悪くない?」
「どうして?」
「病気かもしれないし、私が作り出した幻かもしれないよ。そんな子、気持ち悪くない?」
触れてきた手が先程より温かくなってきた気がします。
手を握られ、自分がいつの間にか震えていたことに気が付いたけれど、それも温もりが伝わってくるのと同時におさまっていきました。
「それを恐れていたのね……。大丈夫よ」
今のミモルにはエルネアしか残されていません。その最後の手を握り返すことが出来たことが嬉しくて、口元が緩みます。
いつか、あのことを確かめよう。今はこの幸せを噛みしめていたいと願い、少女は目を閉じました。
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