第14話 みえない未来②

 ――首は静かに横へ振られました。

 ミモルはがっかりして項垂うなだれ、ミハイの向こうで娘が絶句していたことに気が付きませんでした。


『ごめんなさい。……でも、あなたには素晴らしい導き手がいるから』


 振り返ると、エルネアが笑顔で立っています。それに微笑み返そうとした刹那せつな、冷たい風を頬に感じました。


『さようなら……』


 空気がふっと柔らぎます。わき上がっていた冷気が花びらのように散ったかと思うと、もうそこに母としての姿はありませんでした。


「いったのか?」


 ネディエが問いかけると、ヴィーラは「いいえ」と答え、胸のあたりを軽く抑えました。


「魂はいつもここに。肉体を捨てた瞬間、永遠の一部になったのです」

「……そうか」


 長い間、追悼のような静寂がその場を支配していました。



 一件の後、傾く夕日を横目に二人は今晩の宿を願い出ました。

 その辺りの宿より格段に立派な領主の家には、当然のことながら客を泊まらせる場所が何部屋もあり、街一番を誇る高さからの眺めは格別です。


 あてがわれた一室は領主の部屋の若干下に当たる、塔でも比較的格式の高い部屋でした。


「少しの間、ここに留まって良いかしら」

「急がなくて良いの?」


 落ち着いた色合いの絨毯の向こう、入ってすぐに目に飛び込んでくるベッドは、二人で眠っても余裕があるサイズです。


 久しぶりに落ち着ける場所へ来た心地よさからは離れがたかったのですが、のんびりしていられる旅でもありません。ミモルがそう問いかけたのも必然でした。


「あなたが望むなら、今すぐにでも出発するけれど……」


 ふと、ミモルはベッド脇に備え付けられた窓から外へ目をやりました。

 眼下に広がる景色は、家並みの屋根がカラフルで面白い地域もあれば、統一された雰囲気の一角もあります。


 行き交う人々が粒みたいに小さくて、おもちゃ箱を眺めているみたいでした。

 果てへ目を凝らせば、二人が歩いてきた道のりが遙か彼方かなたに見え、感慨深い想いに駆られます。


「エルがそうしたいんだったら、反対しないよ。理由があるんでしょ?」


 窓から入る夕刻の涼しい風が頬を撫でていきます。

 思わずミハイが発した冷気を思い出して、ここまでの旅を思い出す微睡まどろみの中から抜け出しました。


「まだ放っておけなくて。それに私達にも休息が必要だわ」


 私達。その言葉に引っかかるものを感じ、改めてエルネアの方へ向き直りました。

 荷物袋の中から衣服等を床へ広げ、丁寧に整頓し直している彼女に疲れの気配を感じてどきりとします。


「どうかしたの? 辛いの?」


 慌てて近寄り、服を畳む手に触れます。いつも暖かく包み込んでくれる彼女のそれは、今はひやりとしました。


「え、何、これ……。と、とにかくベッドに」


 旅支度をしている場合ではないとエルネアの体を引っ張り上げようとするも、体がだるいのか動きは緩慢かんまんです。


「大丈夫よ」

「大丈夫じゃないよ。何か変だよ。もしかして病気なの?」


 天使は病気にはならないと前に言っていました。しばらく一緒に居てみて、エルネアがこんなに消耗する場面はなかったように思います。


「……もしかして、私のせい?」


 返事はありません。立ち上がりかけた姿勢のまま、ふっと目がそらされます。


「隠さないでよ。ねぇ、何があったの? 教えて」

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