第12話 領主のねがい②

 話が終わる頃にはいくつかの扉を過ぎ、ちょうど最上階の部屋の前へ辿り着いていました。そして見た惨状が想像以上の荒れ様だったのです。

 エルネアも絶句していましたが、我に返ってミモルに残るように言い置きました。


「あなたにも危害が及ぶかもしれないわ」

「待って。会ってどうするの? 部屋がこんな有様なんだよ。話なんて」


 奥の寝室へは厚いヴェールがかけられていました。そこへ行こうとする腕を取り、ミモルは強く引きとめようとします。自分に危害が及ぶかもしれないなら、彼女だって危ないに決まっています。


「心配してくれて、ありがとう。でも、大丈夫よ」

「何が大丈夫なの? 分からないよ。ちゃんと説明して――」


 押し問答はそれ以上続くことはありませんでした。声が聞こえてきたからです。


『いるの……? そこに、誰か、いるの?』


 ぞわぞわっとした感触が背中を駆け上がりました。低く呻くような響きに、両足が床から離れなくなります。

 小さいのによく通る、支配者のみが持つ、耳への拒絶を許さない声でした。


「ルシア様。先ほどお知らせしたお客様です」

『……天使が来たのね?』


 声色が興味深げなものに変わりました。ヴェールの前まで歩み出たエルネアが、「初めまして、エルネアと言います。お願いがあって来ました」と挨拶をしました。


「エル」

「……領主の職務を放棄ほうきしてしまったルシアを、放っては置けないわ。トップがこれでは街は廃れてしまうもの。困るのは民達よ」

『占って欲しいのよね? 良いわよ。……代わりに私の願いも聞いてくれるかしら』

「私の力で叶えられる願いなら」


 逡巡しゅんじゅんなどありませんでした。間髪いれず、ルシアは言いました。


『その聖なる力で、私の姉の魂をこの世に呼び戻して欲しいの』


 再び怖気おぞけが走りました。彼女は、なんでもないことのように言ったのです。生き返らせてくれなんて贅沢ぜいたくは言わない。ただ呼んでくれるだけでいいのよ、と。


「う……」

「大丈夫ですか、ミモルさん」


 ミモルは、そのどす黒い感情にあてられて気分が悪くなりました。人の気持ちを強く感じられるようになった能力があだになったのです。

 よろける体をヴィーラに支えられながら、暗い波の中で立つエルネアの背中を見つめました。


『ヴィーラはアタシがいくら頼んでも聞いてくれないの。酷いでしょう?』

「ミハイさんの魂を呼んで、どうするつもりですか?」

『……』


 ルシアは答えません。でも、エルネアには末路が見えているようです。


「……ごめんなさい。その願いは私の力では叶えられません。輪廻に加わった全ての魂は神の手の中にあって、私達が関われる領分を越えているのです」

『……』


「ルシアさん。お姉さんが亡くなったのは誰のせいでもない。まして、あなたのめいのせいでもない。怒りをぶつけては駄目。もう暴力を振るったりするのはやめて、そこから出てきて下さい」


「マスターによってばれ、私はこの街の守護をしています。大地は豊かになり、街は栄えるでしょう。でも、あなたがそんな状態では、私の加護も無意味になってしまいます」


 説得するエルネアに、ヴィーラも同調します。穴が開いたコップのように水は零れていくばかりで、街はさびれてしまうだろうと。

 2人の物言いに気圧けおされたのか、奥の気配は急に静まりました。声だけではありません。ミモルを襲い続けていた影も突然、消えました。


「聞いて、くれたのかな」


 案じるのと、次の動きはほぼ同時でした。


「エルっ!」


 ヴェールの向こうから伸びた白い手に、エルネアは寝室へ引きずり込まれてしまいました。

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