第12話 領主のねがい①

 領主の部屋の惨状さんじょうは凄まじいものでした。

 元は綺麗に整頓されていたであろう本が床じゅうに散乱し、グラスだったはずの硝子ガラスは割れて中の液体がこぼれ、絨毯じゅうたんに血のような染みを作っています。


 明かり取りの窓にかけられていたカーテンはびりびりに千切られて、本来の姿が想像出来ないほどです。


「まるで嵐の後みたい」

「領主――ルシア様は奥の寝室でお休みになっています。もう、ずっと具合がよろしくなくて……」


 ヴィーラが顔をしかめると、影が濃く差し込み、やつれて見えました。

 具合が良くない、とはかなりオブラートに包んだ表現です。部屋がこんな状態になるまで暴れられては、とても笑顔になどなれないでしょう。


 ◇◇◇


「悪魔が現れて、全てを滅茶苦茶にしてしまったのです」


 領主の元へ向かう途中、階段を上りながらの告白でした。


「……マカラなの?」

「あの悪魔を知っているのですか?」


 しばらくの沈黙の後にミモルがぽつりとらした呟きを、ヴィーラが聞きとめて振り返ります。責められているわけでもないのに、その瞳を受け止めていると辛さを感じました。


「私達は、悪魔からミモルちゃんの家族を救うために旅をしているの」


 詳しい経緯をエルネアが語り、ヴィーラはその一言一言に頷きます。

 特徴を聞く限り、彼女が出会った悪魔がマカラなのは間違いないようでした。彼女はミモル達を襲ったあと、この街へ降り立っていたのです。


「悪魔は突然、私のマスターの前に現れました」


 地上に現れたばかりでまだ力が弱いマカラは、ミモルのような人間が持つ力を求めて彷徨さまよっているうち、彼女の主を見つけたのでしょう。


「応戦しましたが、私では力及ばず……」


 鋭い爪に全身を切り裂かれ、立ち上がることもままならなくなったヴィーラは、目の前で主が襲われるのを見ているしかありませんでした。


「もう駄目だと思った時、私を助けて下さったのがマスターの母親であったミハイ様です。……エルネアさんはもうお気付きでしょうね」


 自嘲じちょう気味に笑い、ちらりとこちらをうかがって視線を足元へ落とします。


「えぇ。あなたの髪も目も、以前は青かったわ」

「どういうこと?」


 きょとんとするミモルに、エルネアが目を伏せてそっとささやきます。


「……受け入れたのね」


 息を呑みました。それが、ミハイが天使に身を捧げて傷を癒したという意味だとすぐに気付いたからです。


「そんなことが出来るの?」

「それだけ優れた能力の持ち主だったのでしょうね」

「おかげで悪魔を不意打ちという形で退けることが出来ました。でも……」


 事件が起こるまで、ハエルアは先見さきみの力にけたミハイとルシアの姉妹が治める穏やかな街でした。


 ルシアは敬愛していた姉を突然失った悲しみが受け入れられませんでした。

 全ての元凶はヴィーラの主だと言い放ち、手近にあった物をことごとく投げ、容赦ようしゃなく暴言を吐きました。


 そうして寝室にもって泣き、泣き疲れては眠り、目を覚ましては暴れる、その繰り返しが続いているのだといいます。


「そんな、ひどいよ。あの子は悪くないのに」

「マスターにお会いになったのですか」


 察するに、先程街でぶつかった女の子でしょう。

 歳もミモルとそう変わらない少女が、自分のせいで母親を目の前で失い、更に叔母から目の敵にされるなんて、どんな気持ちがするのか……。


「悪いのは……私、なのかな」


 ぽつりと呟きます。力を与えられながら、姉を助けられず、母も救えなかった。そんな落ち込みかけたミモルの思考を、エルネアが「違うわ」と制する。


「あなたは最善を尽くそうとしているじゃない。今だってダリアを助けるために旅をしているのよ。そのことを忘れちゃ駄目」

「……うん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る