第11話 うるわしい案内人②

「うわぁ、大きいね~!」


 いくらか歩くと、いよいよ間近に搭が迫ってきました。周りの建物がさばけ、全体が見えてくれば、予想以上の威圧感を放っています。

 さすがにどこからでも見えるだけあり、巨大の一言に尽きます。細く長いように思いましたが、太さもかなりのものでした。


 山で言えば裾野すそのにあたる地上部分には、塀も柵も設置されてはいません。入り口らしき門と、門番らしき人影が二つあるだけです。

 一種の観光名所のようで、ミモル達のように搭を見上げている人も多く見えました。


「首が痛くなっちゃいそうだよ」


 口を開けっ放しでいたことに気がつき、慌てて赤い顔で首をさするミモルに、エルネアもクスクスと笑ます。冷やかしやからかいではなく、もっと優しい、こちらの恥ずかしさが紛れる声でした。


 門番は女性と男性が一人ずついます。どちらもすらりとした長身で、腰に細身の剣を帯びています。今は鞘に収められている刃物を想像し、ミモルはどきりとしました。


「すみません。領主様にお会いしたいのですが」


 エルネアは武器を一瞥いちべつしただけで、笑顔で門番に話しかけました。凄い度胸です。

 一歩前に出たのは女性の方でした。黒い服の上から白い布を垂らしたような格好は、甲冑かっちゅうまとっていないためか、堅苦しさを半減させています。


「旅の方、ですか。どのような理由で我が領主への謁見えっけんを?」


 得体の知れない自分達を、邪険にはしない声音です。すぐさま門前払いをされると思っていたミモルは、この応対に安堵しました。きちんと話を聞いてくれるとは考えていなかったのです。


「人探しをお願いしたいのです。こちらの領主様は、素晴らしい占者だとお聞きしましたので」

「……しばしお待ちを」


 軽い自己紹介と用件だけで取り次いで貰えるだけでも驚きでしたが、ほんの僅かの間待たされてから受けた返事は「どうぞ中へ」でした。

 門番は持ち場へ戻り、代わりに「麗しい」という言葉がぴったりの美しい女性が案内役を務めてくれることになりました。


 扉の中は一段気温が上がったように暖かかで、明かり取りの窓の数からは不自然なほどに明るく感じます。

 中には柔らかい絨毯じゅうたんと、ちょっとしたお喋りが出来そうなテーブルと椅子が傍らに置かれています。玄関を兼ねた、人を出迎える為の簡易な客間なのでしょう。


「この搭は遥か昔、最初の領主となられたお方が創られたそうです。今に伝わっているのは使用法のみで、技術自体は失われた物がほとんどだとか」


 物珍しげにキョロキョロしているのを見とめて、案内をしてくれる女性が説明してくれました。その後ろでは扉が静かに閉まっていきます。

 完全に閉められたのを見届けてから、エルネアがおもむろに言いました。


「久しぶりね、ヴィーラ」

「はい、エルネアさんもお元気そうで」

「えっ、知り合い?」


 ヴィーラと呼ばれた女性が微笑みました。淡い空色の髪と瞳を持ちながらも、前髪の一部と片目は緑がかった不思議な色をしています。


「初めまして、ヴィーラと申します。あなたがエルネアさんのご主人様ですね」


 差し出された手はエルネアと同じように白くて綺麗でした。森の生活に慣れた自分の手とはあまりに違う大人の女性らしさに、握手をするのを躊躇ためらってしまうほどです。


「あ、えと……ミモル、です」

「よろしくお願いしますね」


 それでもおずおずと出した少女の手を、ヴィーラが両手で包み込むように優しく握ります。とても暖かくて、安心させてくれる感触がしました。


「エルが探していたのは、この天使さんだったんだね」


 自然と口をついて出た科白セリフに、エルネアが一瞬目を見張り、微笑みます。彼女が笑うと、ミモルはいつも花が咲くようだと感じます。人を幸せにする笑顔です。


「確かに気配を追っては来たけれど、ヴィーラと再会出来るなんて思わなかったわ」

「でも……」


 握手した手から伝わってくるものの中に、何か異質なものを感じてミモルが呟きます。


「なんだか、元気がないみたい」


 それぞれ色の違う瞳の奥に、暗くて淋しい、天使に似つかわしくない心のかげりが視えました。

 そういえば、人の感情を今までより敏感に感じ取るようになったことに気付きます。これも、契約によって自分に身に付いた能力なのでしょうか。


「やはり、お気づきになりましたか」


 ほどけるように手が離れていきます。その手をもう一方でかばい、胸元で握り締めます。無言でうつむく姿は痛々しく、肩の部分が開いた白い服が揺れています。

 エルネアがそっと彼女の腕を取りました。


「あなたにも、助けが必要なようね」


 自分達には余り時間がありません。それでも、放っておくことなど出来ませんでした。

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