第3話 二つのとびら①

 ミモルは気が付くと、まっ白な世界に立ち尽くしていました。


「あれ、何? ここ、どこ?」

「夢の中、みたいなものらしいわね」


 妙に耳慣れた声に目をやると、そこにはなんと、もう一人の自分が立っています。腕を組み、重心をくずした姿勢で何ごとか考えているようです。


「……リーセン」


 自分と唯一違う、その燃えるような赤い瞳を見て、呆けたようにつぶやきました。リーセン、と呼ばれたもう一人の少女ミモルは、小さく溜め息をついて真っ直ぐにこちらを見すえます。


 彼女は物心付いた頃からミモルのうちんでいる、もう一つの意志のような存在でした。自分の思考がかたむいた時に、反対側へ引っ張ろうとする気持ち……とでも言うのでしょうか。


「リーセン。あなたは私の気持ち……じゃないの?」


 でも、どうしてその彼女が今、こんなありありとした実感をともなって目の前にいるのでしょうか。ただの「感情」が、自分と同じ顔をして立っていることが理解できません。


 リーセンという名前だって、友達が欲しくて自分の中で付けただけの遊びに過ぎなかったはずなのに。彼女は「さぁね」と疑問を軽く受け流して、首を巡らせました。


「それより、この夢って『儀式』の続きなんじゃないの?」


 儀式を受ける前にされた説明を思い出そうとすると、同じ物をなぞるようにリーセンが繰り返します。


「夢は選定の材料になる、って言ってたでしょ」

「……うん。10歳を越えると『才』を持つ子は『声』を聞くんだよね? それをサポートするのがルアナさんの役目だって」


 ミモルはそこまで振り返って、今はそんな問答をしている場合でないと気付きました。ルアナは何か叫んでいました。あのせっぱ詰まった感じは、きっと何を警告けいこくしていたのに違いありません。


「戻らなきゃ。……あっ、待って!」


 止める間もなく、すぅっと溶けるようにリーセンは消えていきます。

 ミモル自身、正確には儀式で何が起こるのかは知りませんでした。こんな目がチカチカする白い空間に一人ぼっちにされるなんて、あんまりだと思いました。


「出してよ」


 不安から、がくりと膝が落ちます。しゃがみ込んでうつむくと、鏡みたいにみがかれた床に自分が映っていました。叩き割る勢いでガンガンと両手を振り下ろします。


「出してよ、ここから出して!」


 夢と同じ。いや、それよりも、もっと閉じこめられているように感じられました。拳を振るうほどにみじめに思えてきて、目には涙がにじみます。


「大丈夫。出してあげるって言ったでしょ?」


 声が聞こえ、ミモルははっとして体をかたくしました。頭上からふってくるのは、聞き覚えのある優しい響きと、淡く光る白い何かです。


「だ、誰……?」

「さぁ、立って」


 差し出される腕から顔へと視線を動かせば、美しい金髪の女性がにこやかに笑っていました。おそらく、彼女が夢で聞いた声の主なのでしょう。ミモルをゆっくりと引き上げて立たせ、言いました。


「会いたかったわ。私はエルネア。エルって呼んでね。これからよろしく、ミモルちゃん」

「どうして名前を……?」

「分かるの。だって、私は」


 落ちてきた白く光るものが足先に触れたので、反射的に拾い上げてみると、それは一枚の羽でした。滲んでいた視界が開けると、エルネアの背には確かにつばさが生えていて、ミモルは息をのみます。


「天使だもの。そして、あなたは私のご主人様ね」

「私が、主人?」


 えぇ、そうよ。応える声はやわらかで耳に心地よいものでした。


「夢を見て、声を聞いて、私をんだでしょ? これで契約は成立したわ」

「儀式が成功したんだ……ルアナさんが言ってた、『あちら』と繋がるっていう儀式が――」


 分かったこともありましたが、疑問はミモルの中でどんどんとあふれてきます。けれど、その勢いのままに質問しようとすると、エルネアは初めて表情をかげらせました。


「もっと説明してあげたいけれど、時間がないわ」


 そう、忘れていました。何かが起きたはずなのです。ルアナとダリアはどうなったのでしょう? 姉は目覚める直前だったはず。そして叫び声が聞こえて……記憶はそこで途切れてしまっています。

 エルネアは「さぁ」と声をかけてきました。


「あなたの大切な人たちを助けに行きましょう。しっかりつかまっていて」

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