第62話 これが普通だよな

「ただいまー」


「おー、カナタ!やっと来たな!」


 俺は今、久々に帰省している。時は12月31日の大晦日だ。そして俺たちは他の人たちと同様に実家に帰省することになった。


 つまり、俺は久しぶりに三姉妹のいない日を過ごすことになった。


「お前の部屋、掃除しておいたから好きに使って大丈夫だぞ」


「分かったよ」


 そう言って俺は階段を登り自分の部屋の扉を開ける。


「空っぽだな・・・」


 そう鼻で笑ってしまうほどにこの部屋には何も無かった、強いて言うなら親父が事前に準備してくれた寝具ぐらいだ。


 俺は荷物を置くと部屋からベランダへと出る。そして俺は今年一年を振り返る。


 今年は・・・なんと言ってもアイツらだろう。ただの幼馴染だったアイツらが去年の春に同じ屋根の下で暮らす仲になった。これは俺の人生を良くも悪くも・・・いや、恐らくは良い方向での修正を入れるものになった。


 そして、自分自身を変えるだけじゃなく、アイツら3人を知る機会にもなった。


 他の2人を優先しがちなところがある和葉、誰よりも姉妹のことが好きな双葉、そしてパッと見の性格よりも弱いところがある三葉。


 そういうところは今まで通りの付き合いでは分からなかっただろう。


 すると不意にベランダの戸が開き親父が隣にやってきた。


「何か考え事か?カナタ」


「いや、ちょっと今年を振り返ってた」


「そうか、それはいいことだ」


 そう言うと親父はタバコに火をつけて一つゆっくりと煙を吐くと俺に一つ質問をした。


「カナタは大室さんとこの娘さん達と一緒に暮らしてて嫌じゃ無かったか?」


「そりゃ最初は見知ったやつとは言え同学年の女子と暮らすのは抵抗があったよ」


「だけど・・・」


「きっとこの後の人生何年経ってもこの日々を惜しむことは無いんだろなとは思う」


「そうか・・・」


 すると親父はタバコの火を消すと伸びをして言った。


「さっ、そろそろ仏壇で母さんに挨拶しよう、きっと今か今かと待ち侘びてるだろうぜ」


 そう言われて俺は仏壇へと向かった。そこに飾られているのは若い頃の母さんの写真。俺が唯一知っている、健康な頃の母さん。


 俺は手を合わせながら、近況報告をする。


(母さん、今年は本当に色々あったよ。嫌なこともあったけど、周りに恵まれて幸せに暮らすことが出来た。大変な用事もあるけど、まあ、とにかく楽しくやってます)


 そして俺は手を元に戻して目を開ける。そして横を向くと微笑んでいる親父と目があった。俺は正直な言葉を放つ。


「親父、何ニヤニヤしてんだよ。気持ち悪いからやめな」


「そこまで言うかよ・・・まあ、親心子知らずって言うからな」


「ニヤつくのが親心って?」


「手厳しいなぁカナタは、まあとにかく飯はもう出前を取ってある。早いとこ食おうぜ」


 そして俺は、親父が大量に頼んだ出前をどうにか全部胃袋に詰め込んだ。今度からは一回俺を通してもらうことにする。


 その後、俺は再びベランダに出て考え事をする。そのお題目は・・・


「誰と付き合うか・・・か」


 これに関しては俺の最近の考えることの一つだ。アイツらが言ってくれたように悩まないようにしてはいるが、それでも結論を出すためには考えざるを得ない。


 しかし、この話の結論を出すには自分1人でどうにかするしかない。


 自分中での結論は・・・出ていないわけではない。だけど、本当にそれでいいのかと思ってしまう。だからこそ俺はここまで答えを先延ばしにしてしまっているし、アイツらにも迷惑をかけてしまっている。


 そして俺は不意に部屋の方を振り返る。誰もいない、俺の荷物だけがチョコンと置いてあるだけの部屋を。


「これが普通・・・だよな」


 この空っぽさ、これを俺は普段の生活で望んでいたはずのものだ。なのに今の俺にはこの空白は寂しすぎる。


 すると不意に携帯から通知音が鳴る。俺が携帯を見るとそこには三葉の文字が映っていた。しかもどうやらビデオ通話らしく、俺の顔も画面に映っていた。


 俺が通話に出ると真っ先に三葉の声が聞こえた。


「あっ!カナタ君!こんばんは!ホラッ!和葉に双葉!カナタ君出たよ!」


 すると電話越しにドタバタと音がする。そして三葉の後ろに和葉と双葉がやって来た。


「カナタくーん!そっちはどんな感じかな♪」


「おう!まあボチボチやってるよ」


「カナタ!元気かしら?お父さんにもよろしく言っといてよね!」


「ああ、分かったよ」


 ああ、今の俺は何にも無い空白よりも色々詰め込まれた喧騒の方が好きだ。


(ありがとな、3人とも)


 なんて言葉は、照れくさいから絶対に言わないけど。

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