第19話 氷河の魔人

俺が目を開けると、そこには粉々に砕かれた先程まで敵がいた。

「敵襲とは、また物騒な」

魔王は軽くそいつを粉砕すると、手についた氷の粉を払い俺を引きずり始めた。


勇者が何もできずにおどおどしているのが見えるが、今助けを求めても無駄だろう。

今の魔王には何を言っても無駄、そんな気がするのだ。

ただ、ステータスを見ても一目瞭然なのだが彼女に力で分からせられるやつもいない。


結果彼女をここまで傲岸不遜の塊のような存在としている原因でもあるのだろうと俺は思った。

昔、力を持ちすぎても困ると誰かが言っているのを思い出したのだ。

俺は何処かでもう諦めていた。


「む…」

魔王が立ち止まるのが分かり、見上げてみると玉座の間から外へ出るための大扉が氷でふさがれている。

魔王と俺が振り返る前に、勇者の叫び声が部屋中に響き渡った。


振り向くとそこには確かに先ほど粉砕されたはずの敵が平然とした様子で立っている。

「この程度で…魔王に挑んだりはしませんよ…」

その敵はおもむろが前かがみになったかと思うと、俺たちを凄まじい冷気と恐怖が襲った。


その刹那、俺はその敵につかまれていて玉座の横に座らされていてさっきまで俺をつかんでいた魔王とは大きく距離ができていた。

「自己紹介遅れてしまい申し訳ない。氷河の魔人です、どうぞお見知りおきを」

俺をさらったらしいそいつは、魔王の座っていた玉座に鎮座している。


「私はね、ずっとあなた様に敬愛の念を抱いていたんです。なのに…なのにあなたという人はぁ…!」

「ダメだなぁ…私のものにならないと」

「もっと従順に…私のものになってくださいよぉ…」

そいつはそういうと俺の頬をねっとりとした視線で見た後に、下で舐め始めた。


「こんな風にね…私のことをもぉっと愛してほしかった…」

あいつの唾液まみれで気持ち悪いことこの上ないが、それ以上に尋常ならざるまるで地獄の業火のような魔力がゆっくりと接近してくる。

「……れろ…」

「んん~?聞こえませんねぇ」

そいつは右手を右耳にあて、耳をすますようなポーズをとるが、おそらく聞く気なんてこれっぽっちもないだろう。


瞬間、やつが右耳にあてていた右手がどさっと重力に従い落ちるのが見えた。

ただ、それを切り落とした主はまったくもって、目でとらえることすら不可能だった。

「……?。これ…私の」

数秒経って、ようやくそいつも気が付いたらしい。

床に落ちているそれを珍しいものでも見るかのようにまじまじと見つめている。


「…こっ…これは…っ!」

魔王が勝利を確信して油断が生まれたのか、そいつの後ろに魔王たっているのが見えた。

ただ、そいつに先ほどまでの焦燥の表情はなかった。

「なぁ~んてね」

その瞬間、魔王の右手が宙を舞ったのが見えた。


「魔王っ!!!」

俺が叫ぶ前に先程までまで動かなかった勇者が悲痛に満ちた叫びをあげる。

それほどまでにやばい敵なのだと、俺はこの時ようやく悟った。

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