カーニバル

 街を歩いていると、強く惹かれる場所があった。

 私はその家に入った。広い庭があった。あれ? ここって、確か、凉夏さんの家だっけ?

 ここからは逃げてきた。けど、いつか戻りたいと考えたこともある。

 家の中に入りたいのに、扉が開かない。凉夏さーん。朱莉ですよー。

 返事はない。でも絶対に入りたい。そう思っていると、いつの間にか部屋の中に入っていた。振り返ると、窓ガラスが割れていた。

 間取りはそのままなのに、中身がまるっきり変わっている。段々と私は思い出す。そうだ。もう、凉夏さんから逃げてから何年経っているんだろう。

 自らの手を見てみる。しわくちゃだ。そうだった。私はもうこんなにおばちゃんになっていたんだった。

 床には、無数の絵が散乱している。凉夏さんとはもう会えないんだっけ。そう思うとやけに悲しかった。

 床の絵に目を向けると、私はそこに描かれている人を知っていた。

 水上凉夏さんだった。

 私が最初に見たあの、美しい庭、あの憧れの景色が描かれていた。

 右下には、「五十嵐葉」とサインが書かれている。

 床に散らばった絵を見ていく。その絵たちは全て「五十嵐葉」という男が描いたらしい。

 綺麗な顔をした男性がピアノを弾く絵、喫茶店で本を読んでいる絵、公園で悲しげに視線を伏せている絵。ほかに、水上凉夏との生活の絵、少し太った高校生の絵、やけに目つきの悪い女子高生の絵。

 五十嵐葉という男の走馬灯を見ている気分になった。床に散らばった紙の中には、絵だけではなく、文字が書かれた紙がある。充という人に向けた手紙のような内容で、悲痛な叫びのような筆致だった。

「凉夏の中に充を見つけた。充が居ないこの世界で、俺が充と出会えるのは凉夏の中だけだ」


 部屋の奥に行く。昔、昆虫を育てていた部屋だ。そこには、死ぬ直前の凉夏さんが描かれていた。少しずつ衰弱しているのが分かる。その表情はどれも、穏やかだ。

 イーゼルに絵が描けられていた。どうやら書いている途中の絵らしい。記念写真のような絵だった。凉夏さんと、二人の男が描いてある。一人の男はやけにスタイルが良い。見覚えがあるような気がした。

 三人が笑顔で、とても楽しそうだった。

「母ちゃん、ダメだよ勝手入ったら」

「ああ、ごめんなさいね。あの、この家の主人って」

「ああ、もう誰も住んでないよ。いつだっけ。亡くなったらしいよ」

 そうか。きっと、全て終わったんだろう。そして、私の中の心残りもなくなった気がした。

 だからだろうか。今は手放しで息子たちと剛の愛を受け止めることが出来ていた。


 テンプテーション・カーニバル。

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テンプテーション・カーニバル 鳥居ぴぴき @satone_migibayashi

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