カーニバル
1
桂木 朱莉(かつらぎ あかり)
あれから十年が経っていた。あれから、というのはもちろん凉夏さんの家で過ごしたあの日々のことだ。
どんどんと時間は早く進むように感じる。
私は、あの頃とは違う環境で、あの頃とは違う土地に根を張り、あの頃とは違う人と生活を共にしていた。
買い物に行く途中、よく家を見た。そして静かな庭があると、あの短いながらも充実していた日々が、日差しが、匂いが、あの声が、思い出された。
今年も、暑い夏が始まりそうだった。
五十嵐 葉(いがらし よう)
男でも惚れる男。みたいなはっきりとした感じじゃない。けど、彼を好きになった男は結構いたんじゃないかと思う。
水上充は特別な男だった。
小学生の頃から俺の全てを捧げていたバスケはアキレス腱の情けない断裂によって終わりを告げた。高校三年の春だった。
全治五ヶ月。治ったらまたやり直そうと思っていた。だが、熱い気持ちは最初の二週間でダメになった。
残りの四ヶ月半は泡のように過ぎていった。
「葉くんは足が治ったらまたバスケを始めるんだろ?」
周りの人間は、足が完治したらまたバスケを始めるだろうと思い込んでいて、俺はそんな大人たちを冷めた目で見ていた。
自分の為なんだと思った。
療養期間中の俺の姿を見れば、そんな期待をするのがどれだけ負担になるのか分かっているはずなのに。
みんな、かわいそうな俺がバスケで元気を取り戻す姿を見たかったのだろう。それは、大人たちが大人たちの都合でそう思うんだ。
一応は、バスケをすることになった。軽い運動から始めた。次にボールを触った。人を相手に練習した。
恐怖で高く飛ぶことが出来なくなっていた。練習は、何ができなくなったのかを確かめる作業になっていた。
そうして、完全にバスケをやめた。自然な流れだった。周りの人間もなにも言わなかった。
その頃、俺のスマホは充電器を繋いでないと使えないポンコツな状態になった。
充電がない状態で放置を繰り返したのが主な原因だったらしい。充電をするために作られた充電式電池は、その機能を使わないとより消耗が早くなるということだ。
俺はバスケをするために生まれてきた思っている。そのバスケが出来ないとなると、やはり俺という人間の期限は短くなるんだろう。
壊れかけの蛍光灯が弱々しい点滅を繰り返すような日々が続いた。
なるべく現実を見ないために勉強をしていた。大学の受験も控えていて、スポーツ推薦はもう望むことは出来ないからちょうど良かった。
そして、無事に大学への入学を終えていた。
風が吹く。ここから俺の第二の人生が始まった。季節は春だった。
水上 凉夏(みずかみ すずか)
私は思いません。しかし、基本的には猫に対して優しくしたくなるものです。そういった方が多数だと思います。
猫の方も、そのつもりで性格が形成されるでしょう。当然、人も同じだというのが、私が見つけた人生の答えの内の一つです。
私には、どうやら無垢な感じが備わっていたようです。もちろん、これは私の内面とは全く関係がありません。あくまでも外見のみが、そのような印象を備えていました。
なので、私はいつまでも周囲の人間に甘やかされ、また甘えることが許されていました。
私の自制心が弱い。とは思いません。これはある種の運命なのです。
小学生の高学年になると、私は打算的に人に甘えるようになっていました。
多少の失敗はあったものの(本当に微々たるものですが)、中学生の頃には先生やご近所さんから、甘えることを利用して主導権を握ることもありました。
そうして、私はこの甘えることが許される才能を仕事に活かせるんじゃないかと、ボンヤリと考えていました。
家に、よく大人が出入りしていたこともそう考えるようになった一因だと思います。いわゆる身内以外の(今思えばその大人たちも親の身内な訳ですが当時はそう思いませんでした)大人と交流し、それで社会でもやっていけると考えたのです。
とはいえ、それは未熟な考えでした。私自身の才能については正しく考察できていたとは思いますが、その他のことに関しては、所詮、子どものおままごとだったのですね。
良い会社に務めるために、良い大学を目指そうとした私は、数学に多少の不安を覚えていました。
高校二年生の二学期のことです。
私は親に頼んで家庭教師をお願いしました。
希望は大学生でした。それは勉強と同時に大学でも生活のことも学びたいと思ったからです。性別はどちらでもよく、なるべくなら実績がある人が良いと伝えると、母は探してみると快く応えてくれました。
一週間も経たずに彼はやってきました。
季節は秋が終わり冬になる途中で、静かな、冷たい雨が降っていたのを鮮明に覚えています。
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