目が覚めた。というよりほとんど眠れていなかった。隣をみると凉夏さんがまだ眠っている。

 すっぴんって、こういうものだっけ? 透明じゃん。と思いつつ起き上がる。

 日差しがカーテン越しに神々しい。今日も学校か。

 なんか、学校休もうかな……。


 私がリビングにいると、涼夏さんが起きてきた。既に完璧な状態になっている。

「朱莉ちゃん? なにしてるの?」

 私は通話を切った。

「学校と親に連絡入れてました」

「今日、学校休もうとしてるんだ」

「休もうとしてるんじゃなくて、休むんです」

「不良? ヤンキー?」

 涼夏さんが真面目に言う。そのアンバランスさに笑ってしまった。

 ヤンキーとは違うな。けど、不良か。

「不良品って意味ならその通りかもしれません」

 と、思わず言ってしまった。

 私はどんな顔をしていただろう。怖い顔じゃなかったかな。確実なのは、笑っていなかったこと。それと、自分でも驚く程暗い声だったこと。

 涼夏さんがあまりにも純粋だったから。

 不良だとか、ヤンキーだとか、言われるのは全然いい。本当の私は私が知っているから。だけど、まるで私よりも小さな子供のように純粋に聞いてくるのは、なぜか耐えられなかった。

 まるで私も子供みたいじゃん。

 けど、そう思ったのは一瞬。私の言葉が出てから消える間だけ。

 こんな風に思うのは、私が涼夏さんに甘えているだけだって気がついてるから。

 別の話題にしようと考えていると、先に凉夏さんが口を開く。

「朱莉ちゃん、私を困らせたいの? いいよ。ずっとそのことについて考えててあげる」

 意外な言葉だった。聞いてなぜか罪悪感が生まれた。

 今までの、誰かを傷つけるような方法で甘えてしまった出来事を、私に思い出させた。

「すみません。困らせるようなつもりなんてないんです。不良品って思ってるのは本当ですけど」

 怒ってるかなと、心配で凉夏さんの顔を覗いてみた。けど、想像と全く違う表情をしている。うっとりとした顔だ。

 わからない。なぜ、そんなに嬉しそうな表情をするのか。けど、今は嫌われていないことに安心していた。


 凉夏さんがキッチンに立った。

「へー。でも、意外。朱莉ちゃんってもっと心が頑丈な感じがしてたから」

「そういうの、よく言われます。多分、親もそう思ってるんです」

 返事の代わりに、ティーポットにお湯を注ぐ音が聞こえる。心地の良いその音は、家では感じたことがない充実を感じさせてくれる。

 ここに、私はどれくらい居ていいのか。できればずっとここに居たい。長くな長くここにいれば、凉夏さんの怒った顔も見れるかも。

 そんな想像をしていると、紅茶のいい匂いが漂ってきた。

 凉夏さんがトレイで運んでくる。

 ガラス製のシンプルなティーカップには大きい氷が収まっていて、そこに鮮やかな紅茶が注がれる。カチカチと音が鳴る。魔法をかけるみたいにティースプーンでかき混ぜる。

「今日、サナギになるみたい」

 凉夏さんがティーカップから口を離すとそういった。フチに口紅が残っている。

「サナギになる? 分かるんですか?」

「うん。私、虫さんの声が聞こえるんだ」

 おもわず口に含んだ紅茶を吹き出す。凉夏さんが笑いながら真っ白なふきんを持ってくる。

「ごめんごめん。冗談だよ」

「ちょっと、やめてくださいよ」

 私の顔を見て、また凉夏さんが笑った。笑われてるのに、ああ。なんてステキな笑顔なんだろう。

「あの芋虫、物凄い下痢をしてたの」

「え、それって大丈夫なんですか?」

「うん。それがサナギになる合図でね。身体中の水分をここで出し切るらしいよ」

 私は軽く頷いて、凉夏さんの話の続きを待った。

「それでサナギになる。後は蝶々になるまでそこでじっとしているの。芋虫の時にはひたすら葉っぱを食べて、蓄えて、サナギになって、一歩も動けない時間を耐えて、やっと蝶になる」

「人間とは全然違くて面白いですね」

「でも、人の心の成長って、似てると思わない?」

「心ですか?」

「うん。人って、分かり合えないこと、多いでしょ。それってね、心が別の生き物だからだって、思うんだ。私も身体は哺乳類だけど、心は、もしかした別の生き物かもしれないって」

 朝から、難しいことを考える人だと思った。けど、共感できるところは多かった。確かに、凉夏さんは蝶のように美しい。

「朱莉ちゃんの心は一体どんな生き物なんだろうな」

 私の心は、一体なんなのだろう。分からないけど、目標なら目の前にあった。

 いつか、私も蝶のように。

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