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以上が、私が早苗の見舞いを屈託なく歓迎できない経緯だ。
早苗は私を支えようとして、自身の自由を放棄している。私はちゃんと学校に行って真っ当な生活をしてほしいと願っているのだが、弁の立つ彼女を説得することはできず、甘んじて現状を受け入れているのであった。
「はぁ……疲れた」
私は病棟裏にある花壇の脇のベンチにやってきて、早苗と並んで座った。温かい春の陽光と肌を撫でる心地よい風に包まれながら、脱力して疲れた体を休める。
隣にいる早苗も同じく疲労が溜まっているはずだが、彼女はそうは感じさせないちょっと高めのテンションで、今しがた私が描き終えた絵を褒め称えた。
「この絵もとても綺麗ね」
今日描いたのは、Uの字を逆さにしたようなガーデンアーチから垂れ下がる藤の花と、それを慈しんでいる制服姿の早苗の絵だ。青みを帯びた藤の花が
早苗が私の顔を覗き込んでくる。
「これでも陽子は満足しないの?」
「うーん。着実に良くなってるとは思うんだけどね。まだ何か、ピンと来なくてさ」
何を描いても上手くいかなかった冬のスランプは振り切ることができ、最近はまた手応えのある絵を描けるようになっている。しかしそれでもまだ、胸を張って誇れるような作品は生まれていなかった。惜しいところまで来ている実感はあるのだが、あと少し何かが足りないのである。届きそうで届かない理想を追い求めて、私はずっと足掻き続けていた。
どうすればもっと良い作品を描けるのか。宙を睨みながら考え込んでいると、早苗に手を握られた。
「大丈夫よ、あなたならきっとやり遂げられる。私も協力するから、がんばりましょ」
「早苗……ありがとね」
励ましてくれる早苗に感謝しつつも、私は胸の内で後ろめたさを感じた。
早苗が私に会いに来る一番の理由は、絵のモデルを務めるためである。私の創作に付き合うべく、早苗は学校へ行かずに午後の時間を空けているのだ。これは彼女自身が望んでやっていることだが、やはりいつまでもこのままというわけにはいかないだろう。今日は絵のために早苗に制服を着て来てもらったが、それは本来ならば学校に行くための装いだ。早苗が居るべき場所は、鉛筆を構える私の前ではない。
ふと思う。
もし私が自分の絵に満足して筆を置くことができたなら、彼女を繋ぎ留めている鎖は解かれるかもしれない。
だとしたら。
早苗に普通の毎日を過ごしてもらえるように。
私は一刻も早く、自分との戦いにケリを付けなければならない。
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