俺は彼女に五年間無視されている。だからもう、彼女に囚われるのはやめようと思う。
栗色
一話
俺は今までずっと彼女に無視をされている。それも一日や二日などの可愛い期間ではない。五年間もだ。
……だからもう、彼女に囚われて生きていくのはもうやめようと思う。
ーーー
ーー
ー
俺が彼女に出会ったのは小さい頃、つまり彼女とは幼馴染の関係だ。
そのころは今とは違い、よく笑ったり、喋ったり、とても活発で、笑顔がとても似合う少女だった。
俺のことを引っ張って、いろいろなところに連れていってくれた。
俺と彼女はいつも一緒にいた。
中学生になってからは周りに揶揄われるのが恥ずかしくて、少し距離を置いていた時期があった。
その時に、彼女に『なんで一緒にいてくれなくなったの?』と聞かれて、恥ずかしくて俺は彼女を冷たい言葉で突き放してしまった。
それでも彼女は俺のそばを離れようとしなかった。
そんな生活が続いたある日、彼女の不満が堰を切った。
『私のこと、嫌いにならないでよぉ……」
シュンとして涙を流しながら言った彼女のその姿はいつもの活発で、中学生になってからはどこか大人びていった彼女のそれではなかった。
俺は即座に否定した。
ただその時の俺はこの感情がよくわからなかったから、彼女が聞きたかった言葉をかけることができなかった。
俺が彼女のことを好きだと感じたのは高校生になってからだ。
きっかけは覚えてはいないが、多分些細なことで自覚した気がする。
自分の恋心を自覚した俺だが、そこから彼女に告白したのは何ヶ月か後だった。
状況としては中学生の時とほぼ同じだった。
下手に彼女に告白して拒絶されたら……そう思うとなかなか踏み出せなかったのだ。
それが彼女をまた、不安にさせたのだろう。
しかし彼女の今にも泣きそうな顔を見たら、今まで考えていたことなんて全て頭から抜け落ちた。
『好きだ』
その言葉がスッと出てきた。気づいたら言葉を発していた。
正直、全く格好がつかない告白になってしまったが、とにかく、彼女に告白を受け入れてもらえて晴れて俺たちは付き合うことができた。
その時が間違いなく俺の幸せの絶頂だった。
しかしその幸せは長くは続かなかった。
ーー付き合ってから二日後、俺は彼女に無視をされ続けた。
ーーー
ーー
ー
「あの時、俺はあの状況に耐えられなかった。君は俺の生活の中心だったからね、こうして立ち直っていくのに5年もかかってしまった……」
俺は彼女に話しながら懐かしげに目を閉じる。
「遊園地とか、恋人としていろいろなところに行きたかったな。恋人らしいことは何一つできなかったな」
言っていて少しずつ涙が出てくる。彼女が言葉を返してくれないのもそうだが、自分に対しての後悔もある。
「もっと早く、君に告白していれば、そう思ってしまうよ。そうしたら俺たちはこんなことにはならなかったのかもしれない」
俺は長く、長く息を吐いて心を落ち着ける。
「……五年間、俺は君に囚われすぎていた。もう、いい加減前に進むべきなんだ。事情を知っている人たちがね、何人も俺の背中を押してくれたんだ」
俺は彼女に笑いかける。
「君の親友だった子がいただろう?この前、俺に告白してくれてね……君のことを一番に考えてくれていいから、そう言ってきたんだ。僕はこの告白を受け入れたよ。君も、あの子も、今では同じくらい大切なんだ。でもそれはあの子にとって不誠実だとも思うんだ」
俺は彼女を見る。
「だからさ……」
とめどなく涙が溢れてくる。
涙で声が震えてくる。
彼女に別れを告げるべきなのに、その言葉が言えない。
『あの子のことは無理に忘れないでいいんだよ。むしろ忘れちゃ絶対にだめ!』
ふと脳裏に今の彼女が言ってくれた言葉が出てきた。
……やっぱり、彼女のことは忘れられない。格好がつかないけど、この言葉に甘えさせてもらおう。
「俺はいつも格好つかないな……」
苦笑する。
そしてしっかりと、彼女の方を向いてーー
「……またね」
俺は線香を横にしてその場を後にする。
辺りには彼女が好きだったラベンダーの香りがしていた。
俺は彼女に五年間無視されている。だからもう、彼女に囚われるのはやめようと思う。 栗色 @kuriro
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