第2話 動揺する魔王様

「ところで、勇者よ。その……先程の話は駄目なのか?」


 魔王は俺の様子を窺うような表情をしながら、俺にそう聞いてきた。


「先程の話?」


「そうだ。魔王軍の幹部にしてやろうという話だ。悪い話ではないだろう?」


「……いや、それはやっぱりダメだね」


 俺がそう言うと魔王は不満そうに頬を膨らませる。少し可愛らしいと思ってしまった。


「何故だ? お主を幹部……いや、最高幹部として迎えると言っているのだ。最上級の待遇でお主を迎えようとしているのだぞ?」


「いや、だって、魔王軍って要するに魔族や魔物達のことで……ここまで俺が倒してきた奴らのことでしょ?」


 俺がそう言うと魔王は言葉を詰まらせる。


「そ、それはそうだが……そういったことは水に流して、お主を迎えようというのだ」


「それってさ、魔王様が良くても、現場の魔王軍の人たちは嫌じゃない? いきなりやってきた俺が最高幹部になるって、気持ちのいいものじゃないでしょ」


「それは……そうかもしれないが……」


「大体、今まで同胞を倒してきた男を、最高幹部として認められる? 俺だったら絶対嫌だね」


 俺がそう言うと魔王は黙ってしまった。さらに俺は続ける。


「というか、そんな提案をするのは魔王としてどうなの?」


「……な、なんだと?」


「だってさ、それってほぼ、魔王軍が俺に負けたのを認めるようなものでしょ。しかも、それを総大将の魔王様が認めちゃうって……現場で頑張っている魔王軍の皆さんはどう思うのかな?」


 魔王は悲しそうな顔で俺のことを見る。自分の提案が如何に愚かで安直であったか、わかってくれたようである。


「余は……別に魔王軍が敗北したことを認めているのではない」


「そもそも、魔王様は俺に命乞いをしてきたよね? 今まで俺が倒してきた魔物や魔族……それこそ、魔王軍の幹部もいたけど、命乞いなんて誰もしてこなかったよ?」


 そう言って俺は玉座から立ち上がり、魔王に顔を近づける。


「ひっ……!」


 魔王は小さな悲鳴を上げて、嗜虐心を煽るような表情をする。


「魔王軍の総大将として……いや、魔王として、恥ずかしくないわけ? 命乞いなんてして」


 しかし、それまで気弱な表情をしていた魔王は、急に鋭い視線で俺を睨む。


「……余は! お主に討ち取られたくないだけだ! 魔王としてやるべきことはまだまだ残っている……そのためならば、地べたに這いつくばってお主に命乞いだってする!」


「……へぇ」


 魔王と俺はしばらく視線をぶつけ合っていた。と、俺の方が先に視線をそらし、玉座に座り直す。


「まぁ、正直にそう言ってくれるのは好感が持てるよ。いいんじゃない? そういう魔王がいても」


「お主は……! 余を愚弄しているのか……!」


「そりゃあ、命乞いをしてきている相手のことは見下すでしょ。とにかく、魔王軍の幹部っていう提案は却下だ。もっと良い提案、期待しているよ。魔王様」


 俺がそう言うと魔王は俺のことを、憎悪の視線でにらみつける。


 その時、俺は明確に思った。この魔王……思った以上に、からかい甲斐があるな、と。


 無論、自分の命が懸かっているのだから真剣な提案をしてきているのだろうが、俺が少し手酷いことを言っただけでひどく動揺してくれる。


 自分でも酷いことしているとは思うが……その時、明確に、面白いと思ってしまったのだった。

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