魔王「勇者よ! 頼む! 見逃してくれ!」

味噌わさび

第1話 命乞いする魔王様


「頼む! 余を見逃してくれ!」


 魔王を倒す一人旅の最終局面、魔王城の最深部の玉座の間。


 そう言って頭を下げてきたのは……魔王本人だった。


 魔王と言っても、その見た目は頭に角が生えた、この世界での一般的な魔族の少女……見た目だけだと、俺と対して年も変わらなそうな容姿だったのは、流石に驚いた。


 まぁ、異世界に勇者として転生して、初めて会った王様から言われたのは「魔王を倒せ」という指示で、魔王がどんな存在かまでは聞いていなかったのだが。


「えぇ……。いや、見逃してくれって言われてもなぁ……」


「頼む! お主だって、余のことが憎くて仕方ないというわけではないじゃろう!? そもそも! 余とお主は今初めて会ったばかりではないか!」


 魔王は真剣な表情でそう云う。確かにその通りではあるのだが。


「でも、俺、一応勇者だし……。魔王を倒してこいって命令受けているし」


「お主は! 命令を受けたからと言って自分で何も考えずに、その命令を実行するのか!?」


 なぜか、俺は魔王に怒られる。俺はとりあえず剣を収める。


「お、おぉ……。分かってくれたか、勇者よ」


「いや、分かったというか、確かに一理あるなぁ、って思って」


「そうだろう? 余のこと、見逃してくれるということだな?」


「……いや、まだそう決めたわけじゃないけど」


「……なぜだ!? 今言ったではないか! 一理ある、と!」


「一理あるとは思うけど、魔王の言っていることが全部正しいとは思わない。そもそも、ここでお前を見逃して、俺に何かメリットがあるの?」


 俺がそう言うと魔王は言葉に詰まる。


「ないの?」


 俺は再び剣に手をかけた。


「あ……あるぞ! 余がお主に感謝をする!」


 魔王は慌てた様子でそう言った。俺は……剣を抜いた。


「待て待て待て! わかった! 他にもあるぞ!」


「具体的には?」


「……そ、そうだ! お主を魔王軍の幹部にしてやろう! どうだ?」


「魔王軍の幹部?」


 俺はしばらく剣を手にしたまま魔王を見る。魔王は不安そうな顔で俺を見ている。


 俺は……再び剣を収めた。


「そ、そうか……。了承してくれるのか?」


「いや、別にそういうわけじゃない」


「何? じゃあ、なぜ剣を収めた?」


 魔王がそう聞いてくるのも構わずに、俺は先程まで魔王が座っていた玉座に腰をかける。


「なっ……! 勇者よ! お主、どこに座っているのだ!?」


「……ここで、考えさせてもらうよ」


「は? 考えさせてもらう、だと?」


 俺はニヤリと笑った。魔王はさらに不安そうな顔になる。


「別に魔王を倒す期限は指定されてないんだ。俺が飽きるまでに、お前が俺に、お前を見逃してもいいと思える提案をしてくれたら、見逃すことにするよ。それまで、俺、ここにいるから」


「えぇ……。本気で言っているのか?」


「うん。本気」


 魔王はげんなりとした顔で俺を見る。しかし、会った瞬間に魔王も俺もわかっている。


 戦えば一瞬で俺が勝つ。それくらい魔王と俺の間には実力差があるのだ。だから、魔王は俺の要求を飲むしかない。


「……わかった。それならば、お主が余を見逃してもいいと思う提案、してみせよう。だから、約束は守れ。勇者よ」


「あぁ。勇者として、約束は守るよ。魔王様」


 こうして、俺が魔王を見逃してもいいと思える提案をしてくるまで、魔王の城に居座ることになったのであった。

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