第3話

帰りのHRを終え帰路につく。下駄箱はガヤガヤと人で溢れており少々抜け出すのに苦労をした。

夕方が迫ってきている、西日の反射がとてもまぶしい。街の道路から家のガラス面、走る車がレフ板になったかのようだ。もうそろそろ夏休み、カレンダーはギッシリ空白で埋まっていることに悩まされている。

別に家でのんびりできるなら構わない、だけどもう少し何か楽しいことがあってもいいのに......と大型でも小型でも連休前は必ず考えてしまうが今まで特に何も起こった試しはなかった。


「どうしたんだい青年よ! うわっとと......霧川霞美ここに参上!」


「うわっ変な人、メヲアワセナイヨウニシナイトナー」


「おい棒読みだと言うことがダダ漏れじゃないか」


自分がどういう体勢で話しかけているか自覚がないらしい、恐らく感覚がないのかもしれない。


後ろから声をかけてきたときにアスファルトのくぼみに足を取られたところから体勢を大きく崩し、今はまるでクラウチングスタートのような形をしている。体制を崩してからこのクラウチングスタートポジションまでおよそ一秒。立て直しの技術が高いが、無駄な技である。


「そんなよ~いドンの体勢のまま顔だけを上げて話しかけないでくださいよ、傍から見たら何してんのかわからないただの不審者ですよ」


「もしかしたら陸上のコーチングをしていると思われるかもしれないぞ青年よ」


「んなわけないですって、僕もう帰りますからね」


少し早足でその異様な場を離れるべく足早に歩を進める。

しかし十メートルぐらい進んだところで

「オンユアマークセット......ゴーーー!」

と聞こえてきた。とても嫌な予感がする、しかもだんだんと音が迫ってくる。

タッタッタッタ......ッタ!

この擬音でしか表すことができない音が真後ろに来た時、なんの前触れもなく僕はサイドステップを左側へ踏んだ。歩道から少しだけはみ出るがべつに交通量は皆無と言っても良いような田舎の住宅街である。


「うわっ!」


いよいよ触れられるほどの距離に迫った音の主はどうやら少し踏み込んでいたらしかった。しかしその勢いのクッションである私がサイドステップを踏んだことで、次こそ姿勢を崩すだけでなくバランスを失って前へと倒れ込んでしまった......が

アスファルトに口づけをする直前、目の前で美しく鮮やかな前回転を披露した。両手を素早く地面についたと思った時には後ろ足が跳ね上がっており、きれいに着地をして見せたのである。


「あの姿勢から前回転を繰り出すとは、体操を習ってでもいたのか?」


手を払い少し乱れた服を整えながら霞美は答える


「習っては無かったけど元々体操は得意だったかな、特に今は体が軽いんだよね」


学生カバンも持ち直して一言付け加えて笑った。


「ちなみに、前回転じゃなくてロンダートね。もしかして体育苦手だったりしちゃう?」


様々な反射による逆光で影になりハッキリと見えなかったがイジワルそうな笑いだったことは分かる。言い返すことをすっかり忘れてしまった。



「おっと、ごめんよ今日用事あるから私は急がないといけないんだった」


そう言い放ち踵を返し駆け足で場を去ってしまった。結局何だったのだろうか、僕に用があったかどうかすらはっきりしていなかった。


「よう、なんで立ち尽くしてんの?」


またも後ろから声をかけられる。次は転ぶことを知らなそうな男だ。


「おお、荒川か部活とか無いのか?」


珍しい普段なら夜までランニングか体育館での練習でこの時間に帰っている姿を見ないものだが。横並びで帰り道を進む。


「今日はないかな、顧問が体調悪いみたいでどうせなら休みにしようっていうので今日は店じまい」


荒川が小麦色の磨きをかけることへ大いに活用しているのは県大会に大抵出ているバスケ部。外周のランニングや走り込みなどの体力作りでよく日を浴びている。

結構活躍していることは普段の体育の授業でも頼りにされていたり、後輩や先輩が多い時点でおおよその察しはつく。


「それで何してたのかなこんな変哲もない住宅街の真ん中でさ」


「あぁ、今日知り合った先輩と歩いて? たところ」


「おお! 先輩の知り合いができたの!? 俺も知ってる人かな」


「霧川っていう人なんだけど、髪は長くてスラっとしてて結構イケメンよりの顔してるかな? 運動が得意みたいなんだけど」


考え込んだ顔で荒川は「むむう」と唸った。


「だめだ、わからない。俺の知り合いに霧川という人はいないかもしれない」


少し意外な回答が荒川から返ってきた。あの身のこなしができる霞美と知り合いでないとは......。名前ぐらいは知っているだろうとどこか勝手に思い込んでいた自分がいた。


「次に会った時にぜひ紹介してくれよ、運動ができるならバスケに活かせる話も聞けるかもしれないし」


「いいねその向上心、見習いたいぐらいだな」


どこまでも運動で頭がいっぱいの運動バカの意識の高さに少し飽きれと嫉妬を持ち始めたところでようやく家に着いた。

暖色の屋根と道路に接するところに植えてある小さなヤマモモの木が目印の二階建て一軒家だ。この家に両親と妹の四人で暮らしている。


「それじゃあ、また明日学校で」


「おう、体鍛えるの検討しろよ」

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