第2話

屋上には上がれないうえに、自分のクラスがある楽しくはない北棟にとぼとぼと帰ってきた。僕のクラスも四階にある。


「よいしょっと」


ドアはやっぱり鉄製じゃないほうがいいと思う、うるさいし何より非力な僕にはどうも腕を痛めるための道具にしかならないし


グッ、グググ


おかしい、開かない。ここまで非力だった覚えはないぞ、足に力を入れて踏ん張ってみるが鉄塊であるドアはガタガタと鳴くだけで僕を通すつもりは一切感じられなかった。


ガチャン


「なにをしているのかい?」


ドアの向こう、少し高い位置からきれいな声が聞こえた。窓から見なくても誰かわかる。そのきれいな声に似合うきれいな顔をしたきれい青年がこちらを見下ろしているはずだ。


「鍵は開けたぞ」


鍵が開けられて、鉄の塊もようやく横に動けるようになった。


ガタンッ ガラガラ


「荒川《あらかわ》、なんで鍵が締まっていたか知ってる?」


荒川は大きくうなずいて答えた。


「もちろん知ってるよ、犯人はこの俺さ。次が選択授業のスポーツだからちょうど女子のいなかったこの教室で着がえていたところだよ。半裸の時に間違ってもドアは開けられたくないだろう?」


言われてみれば荒川は白い半袖シャツに学年色である青いハーフパンツに身を包んでいた。


「まだ筋トレ続けているのか、よく飽きないな」


腕と足はきれいな小麦色をしていて、筋肉がつくる陰影がふくらはぎや前腕の筋肉の多さを物語っている。

だが、ゴリゴリのマッチョというわけではない。全体的にシュッとした細マッチョと呼ばれる体系がより女子からの人気を集めていることを本人も一応は自覚をしているらしい。尚更たちが悪いのだ。


「ん? あぁ、体は鍛えておいて損はないし、お前も鍛えたほうがモテるかもしれないぞ」


「......余計なお世話だよ」


自分の席は一番前の窓際。日差しが快眠へと誘い込む上に、眠くなくとも小高い丘の上にあるこの学校からの景色は右手には遠くの連峰、もう片方には遥か彼方の海辺にあるビル群が見え、授業に飽きても心配はないまあまあな席だ。


「はあ、次は世界史か」


世界史の教科書とノートを持ったところで休み時間の終わりをチャイムが知らせた。

選択授業の時間、移動教室が多いが廊下から見る限りどのクラスもまだまだ談笑が続いている様子だ。


僕はポケットに入れておいた短編集を取り出す。昼休みに屋上で読もうと持っていたものだ。最もアクシデントにも似た出来事によりそれはかなわなかったわけだが。

しかし、霞美とは誰だったのだろうか。突然屋上に現れて自分の事を待っていたというのはもしかしたら初対面ではないってことかもしれない。それなら納得できるが、だとしても目的は何だったのだろうか。


もしかしたら愛の告白かもしれない! とも妄想の中を私は駆け出したが、そのまま頭の中を横切って彼方へと消えた。

自分が知らないなら向こうのひとめぼれかもしれないが、そんな可能性が自分のなりにあるとは考えられないのだ。でも、その考えが一度でも出たら「もしかしたら」という邪魔者に頭の中に居座ってしまう権利を与えただけだった。


「そんなこととは無縁だっつーの」


理由がはっきりとしないことも重なって普段以上に授業の内容は入ってこなかった。

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