亜理紗

 その日のうちに管理人に事の顛末を連絡した。子供が威嚇されたと伝えたので、顔色を変えていたと夫は言った。

 また市に連絡してからという展開になるので、動きがあるとしても週明けだろう。夫はそう推測していた。

「怖くて待っていられないわ」

 わたしは夫に訴えた。自分だけではない。亜理紗まで襲われそうになった。

「襲われて、失明でもしたらどうするの?」

 自分たちでできる対策をと、ネットで検索してみると、超音波と光で鳥獣を撃退する装置が売られていた。

 これなら人間が顔を見せずにカラスを追い払える。亜理紗のために・・・・・・・夫は翌日配送の注文を入れた。


 日曜日、我が家に届いた鳥獣撃退装置は思ったよりも小さなものだった。

「こんなもので効き目あるのかなあ?」

 夫は半信半疑ながら、ベランダに装置をセットした。太陽光発電で電源を供給するので、設置は簡単だった。

「超音波は人には聞こえないからね」

 LEDが発する光はまともに見るとかなり強いものだったが、外向きに設置するので人の目には触れないはずである。

「人には無害だが、動物は嫌がるらしい」

「害虫だったら電気で退治する機械もあるのにね」

 青いライトで虫を寄せながら、バチバチと電撃で虫を殺す誘蛾灯を見たことがある。田舎のコンビニでは夏の風物詩だった。

 LEDの普及で姿を消したらしいが……。

「カラスを殺すわけにはいかないからね」

 条例で動物は保護されている。許可なく殺せば処罰の対象になるのだ。

「人間よりカラスを優先しているみたいで、納得いかないわ!」

 実際に危険が身に及ばなければ、動物被害の怖さはわからない。言葉が通じない相手がどんなに恐ろしいか。

 あの感情の読めない「目」が。

「市が危険だと判断してくれれば、対策も早くなるんじゃないか?」

「襲われてからじゃ遅いのよ!」

「わかってるよ。亜理紗もいるからね」

 夫を責めるのは筋違いだが、つい声が尖ってしまう。

「撃退機の効き目があれば、ベランダには来なくなるはずだよ」

「そうだといいけど」

 超音波にそんな効果があるとは知らなかった。人間に超音波が聞こえないのは、良いことなのか悪いことなのか?

「自分で超音波を出せたら、手っ取り早いのにね」

 カラスの嫌がる音を、これでもかっていうくらい浴びせてやるのに。

 人間の方が動物の顔色を見ながら生活しているようだ。変な世の中になってしまった。

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