急襲

 超音波撃退機を設置した翌日、月曜日にはカラスの姿は見えなかった。

 果たして、機械の効き目があったのか。たまたまなのか。もやもやした気分のまま火曜日の朝、わたしは亜理紗を乗せた自転車で幼稚園に向かった。

 マンションの敷地を出て公道を進んでいると、突然バサバサと後ろから音が聞こえて来た。

「えっ? 何?」

 振り返ると、真っ黒なカラスが赤い口を開けて急降下して来るところだった。

「きゃあー!」

 カラスは後ろのチャイルドシートに座る亜理紗めがけて、舞い降りた。両足の爪を広げ、亜理紗の黄色い帽子に掴みかかる。

「ああっ!」

 わたしは自転車のコントロールを失った。

 気がつけば、わたしは自転車から投げ出されて道路を転がっていた。視界の隅を、跳ね上がった自転車が飛び越えて行く。

「亜理紗!」

 亜理紗はどうしたかと見回すと、娘も道路に投げ出されて地面に転がっていた。

 襲って来たカラスは亜理紗の帽子をむしり取り、上空に飛び去って行った。

「亜理紗!」

 地面に叩きつけられた痛みを忘れ、わたしは亜理紗ににじり寄った。亜理紗は投げ出されたはずみで頭を打ち、額から出血していた。

「ああ、どうしよう!」

 動転しながら、わたしはスマホを取り出し救急に連絡した。頭の打ちどころが悪ければ、亜理紗は脳内出血を起こしているかもしれない。

 そのころになって痛み始めた体を引きずりながら、わたしは亜理紗を抱き上げ歩道に移動した。

「亜理紗、しっかりして」

 娘の額にハンカチを押し当て、わたしは震えながら救急車の到着を待った。

「痛い……」

 亜理紗は小さな声で痛みを訴えた。

「亜理紗! すぐに病院で見てもらうからね。大丈夫だからね」

 何を言ったら良いかわからなかったが、わたしはとにかく亜理紗に話しかけた。そうしないと、亜理紗がどこかに行ってしまいそうで怖かった。

 どこか遠くで、カラスの声が聞こえた気がした。

 永遠に待ち続けたような気がしたが、救急車は15分ほどで現場に到着し、わたしと亜理紗を乗せて病院に運んでくれたらしい。

「大丈夫ですよ、お母さん。落ち着いてください」

 救急隊員の人は優しい声でわたしにずっと語り掛けてくれた。わたしは亜理紗の手を握って、涙を流すことしかできなかった。

 病院の救急センターに着くと、わたしたちはすぐさま診察を受けた。亜理紗の方は頭を打っているのでCTスキャンを受けることになったが、幸いにも外傷だけで済んだ。二人ともいくつか打撲傷を負っていたが、一週間ほどで良くなるだろうと言われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る