黄色い帽子

 土曜日、家族で買い物に出かけた。亜理紗にとってはスーパーでの買い物さえアミューズメント・パークと同等のイベントだ。

 一人っ子はわがままに育ちやすいと言うが、欲しがるままに買い与えないように注意はしている。

「チョコボール、当たり出るかな?」

 当たりくじ付きだということを知ってから、亜理紗はチョコボールが好きになった。銀のエンゼルは3枚溜まっている。

「どうかな? 出るといいね」

 車を降りながら、夫が返事をした。家に戻るまで買い物には手を付けないことにしている。

 エレベーターが8階に停まり、玄関に入ってようやく、戦利品を手にすることが許される。亜理紗はダイニングのテーブルに置かれた買い物袋の前に陣取って、子犬のように分け前を待っていた。

「はい、亜理紗のチョコボール」

 わたしが手渡してやると、飛び跳ねるように奪い去り、リビングのソファに飛び込んだ。

「……。やったー! エンゼル出た!」

 チョコを頬張りながら亜理紗が声を上げた。

「へえー。ラッキーだな。これで4個目だっけ? リーチじゃん」

「あと1枚! あと1枚!」

 よほど嬉しかったのだろう。亜理紗は即興のダンスを始めて、ソファの前をうろうろしだした。

「あと1枚! あと1枚!」

 そのとき亜理紗が唐突に叫んだ。

「あっ! だめーっ!」

 チョコの箱を放り出し、ベランダに出るガラス戸を開けた。

 何事かとみれば、ベランダに干した洗濯物をカラスがつついていた。

「亜理紗のお帽子にいたずらしないでー!」

 呆気に取られて止める暇もなく、亜理紗は裸足でベランダに飛び出た。そのままカラスに突進して行く。

「え? ちょっと、亜理紗!」

 我に返って呼び止めようとしたが、興奮した亜理紗には声が届かなかった。

「亜理紗のお帽子、盗っちゃダメーっ!」

 亜理紗はこぶしを振り上げてカラスに殴りかかった。

「亜理紗っ!」

 もちろんカラスが殴られるわけはなく、ひらりと身を躱して退いた。だが、飛び去りはせず、亜理紗の様子を見ている。

「Gyaaaa!」

 威嚇するように亜理紗に向かって、カラスが大声を上げた。

「亜理紗、やめなさい!」

 ようやくベランダに出たわたしは、亜理紗の肩を引いてカラスから距離を取ろうとした。静かに、刺激しないように。

「静かにして。カラスにやられちゃうから」

 亜理紗も間近でカラスに叫ばれて、急に怖くなったようだ。体を固くして立ち竦んでいた。

「ほら、どっかに行け!」

 遅れて出てきた夫が、わたしたちの前に出ながらカラスに呼びかけた。じわじわと前に出ながら、怯えてなどいないぞと圧力を掛けていた。

「Kwaaaarr!」

 分が悪いと見たカラスは、捨て台詞のような鳴き声を残して飛び去って行った。

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