第9話:謎の男

「…………ぇ?」


 立ち上がって前を向くと

 壊れた壁の向こう側に、石畳の通路が広がっていた。

 壁には火のついた松明が連なっている。


「…………」


 戸惑いつつも、自然と足を踏み出していた。

 ダンジョンの通路とは違った独特の雰囲気があった。

 なんといえば良いんだろうか、より人工的というか文明的というか、なんとなくダンジョンの通路よりもヒンヤリとするような、そんな感じがした。


 しばらく歩くと道が二手に分かれていた。

 少し迷ったが取り敢えず右利きだから右側の道を選んだ。


「…………扉だ」


 右側の道を進んでしばらく、目の前に扉が現れた。

 少しだけ警戒しながら、しかし久しぶりにみる完全な人工物に興奮しないわけも無く、湧き上がる喜びをおさえてドアノブを捻った。

――ガチッ


「…………」


――ガチャガチャ!


「…………」


――ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!!!


「…………」


 はっ!そうか、そりゃそうだ。家の扉を開けっぱなしにしておく人なんているわけ無いよな。それで…………え、てことは俺めちゃくちゃ不審者みたいじゃ…………


「す、すみません! 怪しい者じゃないんです!! ただ、道を教えて欲しくて…………」


 咄嗟にそう叫んだが、返事はなかった。

 しばらく待っていると扉の内側から何かの気配を感じたが、返事はやはり返ってこなかった。

 このままここにいてもどうしようも無い。そう諦めて立ち上がった。道を引き返してみようと思ったのだ。そして扉に背を向けて歩き出した。


「…………おい」

「っ!!」


 すごい勢いで振り返ると、扉をくぐって背の高い男の人が出てくるところだった。


「どうやってここに来た?」

「……あ、壁を壊して、来ました」

と言ったな」

「…………はい」


 鋭く突き刺すようなその視線を浴びていると、まるで自分が悪いことをしたかのような気がしてくる……まあ実際そうなのかもしれないが


「…………お前は何故そんな軽装でダンジョンに入ってきたんだ?」

「これには色々と事情がありまして…………」


 そうして森にやってきてからの経緯を話した。進化については一応伏せておくことにした。特に反応すること無く話を聞いていたその人は、俺が話を終えると口を開いた。


「なにか隠しているな」

「…………え?」

「やはりそうだ」


 その男の人はそう言ってしばらく黙っていた。ジロジロとこちらを眺めている。かと思うと突然意味の分からないことを言いだした。


「よし、俺と戦え。それで判断しよう」

「…………?」

――ドガァン


 目の前の地面が吹き飛んだ。咄嗟に飛び退いていなければ俺も一緒に吹き飛んでいただろう。


「ちょっ! どういうことですか!!!」

――ドゴォン


 しかしその男の人は問いかけに応えること無くひたすら攻撃を繰り返す。どうやら土系統の魔力を操っているようだ。


「反撃してこい」


 そう言いながら大砲のような音を響かせて岩の塊を飛ばしてくる。

 なんとか避けきれているがこのままではいつか当たってしまう。

 どうにか説得しなければ。

 しかし激しい攻撃はそんな事を考える余裕を与えてくれない。

――ぐわんッ

 碌な食事をしていなかったからだろうか、突然激しい目眩が襲ってきた。足が止まり攻撃が肩をかすめる。

 骨の折れる様な鈍い音がして、鋭い痛みが肩を覆う。

 目の前には次の攻撃が迫っている。このままでは死ぬ。


 そう思った瞬間、頭の中で何かが弾けた。

 目の前が黒くなり体中を冷気が包んだ。轟々という何かの渦巻く音が聞こえてくる。なんだかボンヤリとしていて、夢の中にいるような、水に沈んでいるようなそんな感覚だった。

 無意識に腕が持ち上がり、指が男の人の方を向いた。

 刹那、何かが頭の中でざわめいた。警告のようななにか、それが聞こえた瞬間ボンヤリとしていた頭が突然ハッキリとした。

 ギリギリのところで指を微かに下に向けると、信じられないような轟音とともに地面が吹き飛んだ。石畳で舗装されていた地面が、豆腐のように簡単に吹き飛んでいく。

 静寂のあとで顔を上げると、目の前には面白そうに笑う男の人がいた。


「…………あの」

「よし、良いだろう。ついてこい」


 男の人はそれだけ言うと地面に向けて手を振った。すると底が見えないほど深く抉れていた地面が見る間に元に戻っていった。


「早く来い」


 地面が戻っていくのを見ているといつの間にか男の人は扉の向こうに歩いて行ってしまっていた。このダンジョンから出られるならもう何でもよかった。急かされるままに急いで扉をくぐっていくと、そこは明るい部屋だった。10メートル四方ほどの部屋に本棚が所狭しと並んでいる。入ってきたのとは反対側にも扉があり、男の人はその扉を開けて奥に向かって行くところだった。


 男の人について再び扉をくぐっていくと、再び石畳の通路につながっていた。すこし歩くと今度は螺旋階段が現れた。男の人はその階段を下に向かって降りていく。

 そうしてしばらく進むと今度は大きな扉があらわれた。アーチ状の大きな扉だ。

 男の人がその扉を押し開けると、中からはガヤガヤとした喧噪が聞こえてきた。

 そこはまるで酒場のような、しかし酒場には無いであろう魔物の剥製やら何やらが置いてあった。


 俺が中に入っていってもその喧噪は止みそうに無かったが、いくつかの視線が俺に向いていることだけはわかった。

 しかし別に話しかけてきたりなにかしてくる訳でもなかったので無視して男について行く。

 そしてしばらく歩くと、男はある扉の前でとまった。扉には【戦闘団長】という札がかけてある。

――コンコンっ


「はいれ」


 男の人が扉をノックすると、中から声が聞こえてきた。

 声に従って扉を開けた男について中に入っていくと、そこには大きな机があり、その向こう側にはこれまた大きな椅子があった。前を行く男の人の背中で座っている人は見えないが、きっと良く日に焼けた大男か、若しくはゴリラが座っているんだろう。

 そんな風に考えていると背の高い男が横にずれ、椅子に座っている人の姿が明らかになった。


「…………え?」

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