第8話:索敵

 おかしい、どう考えてもおかしい。


 蛇肉を食べて寝転がったところまではしっかりと覚えているし、体はどこも異常が無いように感じているのに、目の前がカラフルになっている。

 さっきまでは暗くて殆ど見えていなかったのに、どういう訳か蛇の死骸が黒っぽい青に、壁は更に黒っぽい青に、自分の手が赤く光っている。


「……やっぱり蛇肉なんて食べない方がよかったのかな」


 どれだけ考えても原因は他に思い浮かばない。

 いや、だけど暗かった洞窟が明るく見えるようになったんだから考えようによっては悪くないんじゃ……

 いや駄目だ、カラフルすぎて目がチカチカする。


 このままのチカチカとカラフルな視界ではせっかく飲み込んだ蛇肉を吐き出してしまう自信があったので、取り敢えず目を閉じた。

 幸いにもこの空間につながる通路は全て蛇の体で塞がれているから、目を瞑っていても突然襲われて死ぬ可能性は低い。

 目を閉じていると、いつもより音がよく聞こえた。何かのぶつかるガツガツという音や、何かが引きずられる音、それから甲高く響くような音も微かに聞こえる。


 いや違うだろ! そんな音なんてどうだっていいんだ! 今はどうにかしてこのダンジョンから出て行く方法を考えないとあかんねん!


 取り敢えず、出口がどこにあるのかは分からない。今どこにいるのかも分からない。分かっているのは自分が風の悪霊であるということと、もしかしたら目がイカレたかも知れないということ、そしてここには沢山の魔物がいるということ……


 う~ん、どうしようもない

 分かっている情報がカス過ぎる。

 このまま考えたところでもう何か思いつくとも思えないし、もう動き回って出口を探すしか無い、だろう。


 我ながら考え方が大胆すぎるとも思ったが、ここまで来てしまったらもうそれ以外に方法は無い。それに蛇相手にもなんとか風の大砲で勝てたし、最悪逃げることも出来た。

 これまでの経験から、冷静に対処が出来ればこのダンジョンはそこまで危険でも無いように感じ始めていたのだ。



 覚悟を決めて立ち上がり、目を開く。


「あれ……治ってる」


 あの極彩色の景色を想定して身構えながら目を開けたのに、どういう訳か蛇を食べる前の暗い景色に戻っていた。

 全く以て理由は分からないが、戻ったのならそれはそれで良い。


 通路を塞いでいる蛇の体をどかそうと思ったが重すぎて無理だったので、尻尾の方からぶつ切りにしてなんとか蛇を動かした。


 露わになった通路の先に目を凝らす。

 なんとかなる可能性が高いとは言え、可能な限り危険は避けていきたい。

 すると再び目の前が極彩色に切り替わってしまった。


「……ん? あれなんだ?」


 黒っぽい景色の中、周りより少しだけ明るい青色をした物体が動いているのが見える。

 ズンズン近づいてきているな。

 …………怖いから撃っちゃおう


「フンッ」

――キュィィン、ボシュゥン!!


 極彩色の世界の中に掌から黒い光が放たれた。黒い光はまっすぐにそいつに向かって突き進み、そして頭のようなところを吹き飛ばした。

 お、光ってる。

 青いそいつは光を発し、その光がこちらに向かって飛んでくる。そして体が温かくなった。確認してみるとレベルが上がっていた。

 今飛んできたのはマナだろう、ということは今倒したのは魔物か何かだろう。

 通路にはもう何も動く物は見えなかったので、その方向に進んでいくことにした。道に迷ったりしないように蛇の肉を千切りながら歩いて行くことにした。


 そうしてしばらく歩いていると、目が段々と元に戻ってきた。

 う~ん、おかしな目だ。自分の目だけど気持ち悪い。


 その後で何度か目を動かして分かったのは、目に力を入れると世界が光って見える様になるということだ。仕組みは分からないが、多分そうなのだ。

 試しに力を入れると目の前がまたカラフルになった。う~ん、気持ち悪い。吐きそうだ。

 そんなイカレた目玉で遊びながら、ひたすら通路を歩き続けた。



――1週間後

「……無理だ、広すぎる」


 あれから1週間、毎日元気の続く限り歩き続けたが全く以て出口のある気配が無い。歩いても歩いても同じような景色、いい加減に頭がおかしくなりそうだ。しかしもっと最悪なのは食事がないということ。

 蛇の肉なんてとっくに撒きおえているし、あったとしても腐っているだろう。

 仕方が無いのでそこら辺の柔らかそうな砂を口に含んでガリガリと噛んでいる。が、基本的には砂は食料ではないので、全く美味しくない。


 兎に角、そろそろ本格的にヤバくなってきた。


 そんな調子でフラフラとダンジョンを彷徨っていると、突然目の前の壁に火の消えた松明を見つけた。


「…………はっ、あっちにもある!」


 視線の先の壁に松明が掛けてあった。その先にも、更にその先にも、点々と松明が連なっている。

 火は消えているがどう考えても誰かが整備したような跡だった。

 この松明に従って歩いて行けば誰かに会えるかもしれない。

 そうすればこのダンジョンから出られるかも知れない!!!!


 興奮で全身の毛が逆立ったような、そんな気がした。

 精根尽き果てかけていた体に、再び力が湧いてきた。

 口に含んでいた砂を「ペッ」と吐き出すと、壁に連なる松明をたよりに走り出す。

 興奮が後から後から湧き上がってくるのを感じた。


 そのまましばらく走っていると、突然松明が消えた。

 松明の列が壁の途中で終わってしまっていたのである。

 

「…………え?」


 あまりにも突然、何の前触れも無く松明の列は終わっていた。

 広い通路の真ん中で、その列は終わっていたのだ。

 まるで迷路の行き止まりかのように


「…………そ、そんなわけないだろ、なんか、なんかしらあるに決まってる」


 信じられないような気持ちで松明の列が終わった辺りを調べまくった。

 焦りとも怒りともつかないような気持ちでペタペタと壁を触り、床を触り、天井を眺めた。


「くそっ、クソォオオ!!!!!」


 右手を松明の掛かった壁に向け、思い切り凝縮した風を放った。

――ドゴォォオオン!!!!

 壁が崩れ、辺りにはもうもうと土煙が立ちこめた。

 反対側の壁にもたれかかるとズリズリと座り込む。


 期待が、興奮が、急速に萎んでいった。

 天井を見上げていると自然と乾いた笑いが口をついて出てきた。

 天井にはボンヤリと光る夜光石がまばらに散らばっていて、呼吸するように光っている。


「あ~ぁ、マジかよ…………」


 しばらくそのまま天井を眺めていたが、こうしていてもどうにもならない。

 気持ちを切り替えて立ち上がった。


「…………ぇ?」


 立ち上がった俺の目に最初に飛び込んできたのはダンジョンの内装とは似ても似つかない石畳の通路だった。

 壊れた壁の向こう側に、石畳の通路が広がっていたのだ。

 壁には火のついた松明が連なっている。


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