第7話:強敵

 幸いなことに蛇は寝ているようだった。

 目玉がおかしな方向を向いていたし、目の前に立っているのにピクリとも動かないのだ。

 起こさないようにソロリソロリと引き返していると、道の先に何かがいるのが見えた。このまま進めば確実見つかる。

 仕方が無いので蛇の隣を通って別の方向に進むことにした。


 そうして恐る恐る蛇の寝ている空間を通り過ぎようとしたときだった。

 蛇の目玉がぐるりと回転し、こちらを見たような気がした。

 ……いや、きっと気のせいだろう。早く通り過ぎよう。

 少しだけ早足になって歩くと、向かっていた先の通路を蛇の尻尾が塞いだ。


 ……は、ははっ、全く寝相の悪い蛇だ。他の通路にしよう、うん、そうだ、そうしよう


 そう思って方向転換すると、その通路も塞がれてしまった。

 もう小走りになっていたが、更にスピードを上げて隣の通路に向かった。

 しかしその通路も塞がれてしまう。

 気がつけば蛇は全ての通路を塞いでいた。


 恐る恐る蛇の方を向くと、しっかりと目が合った。

 次の瞬間、蛇の口がもの凄い速さで迫ってきていた。

 飛び退いて避けると蛇の顔がまた迫ってきていた。

 「キシャァァァァ!!!!」なんて声で威嚇までしている。

 避けても避けても終わりが見えなかった。


「っくそ、どうすりゃいいんだよ!」


 いつまでもよけ続けることは出来ない。体力のあるうちになんとかしないとそのうち避けきれずにパクりといかれてしまう。

 そこで取り敢えず、風で作った刃を飛ばしてみることにした。

 迫ってきた蛇の頭を躱しながら掌に魔力を集め、風を凝縮して放つ。


――パシュッ


 風の刃は蛇に完全にヒットした。どう見てもクリーンヒットしていた。しかし薄皮が少し剥けただけで蛇には何のダメージもなさそうだった。

 もう少し凝縮する風を増やしてもあまり変らなかった。


「……猿に攻撃したときの大砲レベルの威力じゃ無きゃ効かないってことかよ」


 あのときの感覚はなんとなく残っているから再現することは可能だろう。

 ただアレをやったとしてそれで倒せなければ、もうその後は何も出来ない。

 しかし体力的にももうキツいから、いい加減に何かしらの手は打たないといけない。

 すぐに決めた。出力をおさえて猿に攻撃したときの大砲を撃とうと。


 決めるとすぐに両の掌に魔力をあつめた。そして蛇が攻撃してくるタイミングを見計らい蛇が口を開けて迫ってきた瞬間、大きく開かれた蛇の口めがけて黒い風を放った。

――キュィィン、ボシュゥゥウン!!!!

 肩が吹き飛ぶのではないかというほどの衝撃の後、黒い筋が蛇の頭を打ち抜いた。

 蛇はピクピクとその場で痙攣し、そして次の瞬間、土埃を巻き上げながらその場に倒れた。

 目玉はあらぬ方向を向いていた。


「ハァハァハァっ」


 すると蛇の体が淡く光り、その光がこちらに向かって飛んできた。

 猿の時とは違って暖かいくらいの感覚だった。

 すると前に進化したときと同じような声が聞こえてきた。。


「マナを一定値吸収したことにより条件が満たされました。進化を開始します。進化先を選択して下さい」


 そしてその声に続いて文字が表示された。スキルを選べと言われたときと同じような見た目だった。


《進化先を選択して下さい》

・風の中級精霊

・雷の下級精霊

・黒い風の悪霊


「…………悪霊は無いな」


 見た瞬間にそんな言葉が口をついて出た。

 その瞬間、全身を悪寒が走った。

 口に出したのがいけなかったのだろうか?

 前に進化したときと同じような全身を切り刻まれるような痛みが始まった。

 寒さで体がガタガタと震える。


 あぁ、意識が…………


* * * * *


 次に目を覚ましたときには周りは何も変っていなかった。

 蛇が入り口を塞ぐようにして転がっていて、目の前に大きな蛇の頭がある。

 倒れたときと同じ光景だった。


 すぐに思い出せた。そして少し憂鬱な気分になった。

 目を凝らして能力値を確認すると、案の定、進化してしまっていた。



【名前】カザマ・セロ

【種族】黒い風の悪霊

【状態】空腹

【レベル】1/9

【HP(体力)】1.8/12

【MP(魔力)】302/1287

【STR(筋力)】2.2

【VIT(耐久)】2.4

【DEX(器用)】8.9

【INT(知力)】201

【AGI(敏捷)】24.4

【称号】黒き風の支配者

祝福スキル】風魔王の才能



「あぁ……悪霊になっちまった」


 筋力、耐久、器用がかなり下がっている。ただでさえ紙装甲だったのに、それに磨きがかかってしまった。

 しかし嘆いていても仕方が無い。

 どうにもならない現実を嘆くのは最後でいい。今は取り敢えず現状を整理してここから生きて脱出しなければ。


 そのためには脱出経路の確認と、食料の確保が急務だ。

――ギュルルルルル

 腹の虫も限界が近そうな鳴き声を上げている。

 丁度目の前に食べられそうな蛇が転がっているが……いや、転がっているからといっても蛇なんて――

――グギュルルル!!!!

 そうか、そんなに俺の体は限界なのか……


 もう空腹感すら感じていないが、恐らく体は限界なのだろう。

 確かに体に力が入らなくなっているような気もするし、何よりHPが終わってる。

 これが空腹による物かどうかはさておき、胃に何かしら入れた方が良いのは明らかだろう。

 蛇の死骸に近寄ると至近距離で強めの風の刃を発射して皮を切っていく。


 そうしてしばらく作業を続けると、いくつかのブロック肉を取り分けることに成功した。既にMPは30ほどしか残って居らず、魔力が不足してきたときの頭痛や倦怠感が増してきていた。


「よし、食べよう……」


 そこまで言ってから気がついた。火が無いのだということに。

 空腹で頭も回らなくなってきたのだろうか?

 火が無いなどという基本的な事に気がつかないとは本当に情けない。

 いや、こんな環境にいたような経験が無いのだ。仕方ないと言えば仕方ないだろう。

 自分にそう言い訳してから目の前にあるブロック肉の処理方法を考える。


「…………さすがに生ではいけないしな、焼きたいけど火が無いんじゃなぁ」


 しばらく考えた結果、どうしようもないので生で食べるしか無いという結論に至った。取り敢えず内臓と端っこの肉を避ければ問題無いかもしれない。

 食べなければ死んでしまうのだ。まぁ食べたとて運が悪ければ死ぬのだが、餓死と食あたりでの死なら……まぁ、食あたりの方が、いいんじゃないか?

 それに本かなにかで魔力を強く宿した生物には寄生虫なんかが少ないと読んだことがあるような……ないような


 背に腹はかえられないし、もう体は限界だ。

 恐る恐る肉を口に含む。


 噛むと中からジュワーッと脂がしみ出してきた。ほんのりと甘く、少ししょっぱかった。きっと満腹の状態で食べたらその生臭さや独特の風味が気になって美味しいなどと思うわけが無いんだろうなぁと思いつつ、肉を口に運ぶ手が止まらなかった。

 気がつけば目の前に置いてあった大きなブロック肉は、跡形も無く消えていた。


「……ごちそうさまでした」


 満腹感で眠くなってきた。

 そのまま横になると意識が沈んで行くのを感じた。

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